--- 素朴な疑問集 ---
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疑問No.1173 (2016.01.29)

Q. ちゅうたろうさんからの疑問

 ヨーロッパの中世では古くなったパンを平たく切り取って、お皿のように食器として使っていたと聞きました。そのようなパンは「トランショワール」とか「トレンチャー」とか呼ばれていたそうですが、なぜそのような習慣が根付いたのか教えていただけませんでしょうか。
 おそらく貴族などの裕福な人間の習慣であるとは思いますが、なぜそのような習慣が根付いたのか不思議でなりません。

皿が使えない状況だったとか? う〜ん、想像が付かないな。


A. Hoshiyanさんから

 この問題は、なかなか難しい。なぜならパンを食器代わりにするという習慣は日本人には奇異に思えても、それは食文化であり文化の成立を的確に説明するのは困難だと思われる。
 どこかの誰かが始めて、それが広がったという記録が残っている場合は別だろうが、自然発生的に行われるようになった習慣は当時の状況や環境を想定して想像するしかない。
 まず、硬いパンを食器代わりする「トランショワール」が多用された中世ヨーロッパでは、日本人のように食器を愛でる習慣がなかったということが背景にあると思う。
 日本人の食器好きをここで、説明することは割愛するが、桃山時代には「名器は一国一城に匹敵した」というのだから推して知るべしである。
 対して、ヨーロッパでは古代ローマ帝国の時代には富裕層が銀の食器を使う文化があったが、その文化も古代ローマ帝国の滅亡とともに廃れていった。ヨーロッパに銀食器が再登場するにはルネッサンスを待たなければならなかった。
 中世フランスの料理指南書『メナジエ・ド・パリ』には、「流れ出さない料理には、丸く切った厚いトランショワールか、木の板であるタイヨワールと呼ばれる皿が用意された。テーブルの道具として、ナイフとスプーンがある」とされているが、フォークはまだない。「食事用のナイフはまだなく、幅広の短刀や短剣で武器と食器を共用した。ほとんど皆自分の指を使って食べた。会食者は長く垂れ下がったテーブルクロスで指を拭いていた」と書かれており、トランショワールが多用された中世ヨーロッパでは、食事の道具にこだわってい
る様子がない。
 当時の富裕層の食事風景は、ローストした丸一頭分の獣肉を、家の主人が長剣で客人の前で剣捌きを披露しつつ、料理を取分けていた。この取分けられた料理を受け取るのがトランショワールで、器なら何でも良かったと思われる。
 ではなぜ、選りにもよって、硬くなったパンなのか。当時のヨーロッパでは、穀物以外の栄養源が不足していたこともあり、たとえば15世紀のフランス・オーヴェルニュの貴族は、ひとりあたり500kgパンを年間に消費していた。
 このように、いささか多い量のパンは食べ残され、硬く変質した。この硬くなったパンのなかでも、焼くときの加減で特に硬い底の部分が便利という理由だけで、皿として使われるようになったと想像できる。トランショワールは食事が終わった後、貧者に与えられたという記録がある。