--- 素朴な疑問集 ---
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疑問No.178 (2002.04.02)

Q. りささんからの疑問

 素朴ではないかもしれないですが、疑問があります。
 職場の上司から聞いた話なのですが、ローマ法王のいるバチカン市国を守っている兵隊は昔からスイス人のみで形成されているそうです。
 でも、
その「スイス人限定」の意味が良く分かりません。
 永世中立国だからですか? と聞いてみたのですが関係ないとのこと。なんなんでしょうか?


A. kerryさんから

 先日バチカン市国に行ったときにガイドさんが教えてくれました。いちばん最初に雇った衛兵がたまたまスイス人で、とてもまじめで忠実だったので、その後もスイス人に衛兵としての任務を任せることにしたというのが理由だそうです。

A. 東洋さんから

 スイス衛兵(オレンジと紫の縦じまの制服)は、1505年、ユリウス2世が、私的衛兵を設置したのが始まりで、それがスイス人でした。
 その後、「ローマ略奪」で最後まで、教皇を守り続けたのもスイス人兵で、その勇気と、恩義を感じて、いまだにスイス人衛兵とのこと。
 ただいま88名? サンピエトロ寺院にむかって右に、おられます。近くまで寄れませんが、カメラはOK、笑顔で応じてくれました。

A. 玉三郎さんから

 スイスは武装中立ですが、その歴史は古く1674年に武装中立を宣言しました。しかし、その裏には、17、18世紀の戦争の世紀に各国に傭兵を提供する、すなわち「血を売る」ということで中立を確保するという歴史がありました。
 一方その当時のスイスはこれといった産業がなく「血を売る」以外に現金収入がなかったことも事実です。
 スイスのルツェルンには、フランス革命の際、王を守り殉死した傭兵の碑があります。賢明なフランス人衛兵は王を捨て逃げ出したにも拘わらず、スイスの傭兵は全員が自分の使命を果たすべく殉死したのです。このように傭兵としては最高の兵士でした。その伝統がバチカンに残っていると考えています。
 スイスは国民皆兵で35歳まで兵役に服さなければなりませんが、インターラーケンの町の中で予備役の年配者が兵隊ごっこ(市街戦)をしているのを見るとおかしく感じることがありました。日曜になると村の外れの射撃場では銃声がします。一年に何百発かの実弾射撃が義務づけられているからです。

A. 龍哉さんから

 もちろんどちらの国も平和主義だからではありません。その逆で、その昔は、どちらも戦争大好きでした(笑)。
 ルネッサンスの頃は腕時計も未だありませんでしたし、銀行業はイタリア人の十八番でした。当時のスイスには特に産業は無く、外貨獲得のためにスイスは戦争請負業をしておりました。
 この傭兵が強さで有名だったので、当時教皇のユリウス2世(戦争好きだったそうですよ)が熱心に契約を結びたがったためらしいですよ。それが伝統として続いてるためでしょうかね。

A. 美音さんから

 パチカン市国は世界でもっとも小さい独立国です。一応、軍隊は無いことになっているのですが、法王を警護するために約100人程度の衛兵が日夜警護にあたっています。
 この衛兵がなぜスイス人(スイス軍)限定なのかというと、もともと1506年にユリウス2世が現在の衛兵制度をスタートさせたときに、当時、スイス人の傭兵は忠誠心が高く強いと評判だったためです。それ以来の伝統となっています。
 しかし、スイスと法王庁との絆が決定的となったのは、1527年です。この年、ハプスブルク家の皇帝カール5世がローマに侵攻した際、当時の法王クレメンス7世を逃がすために、スイス人の衛兵(傭兵)約200名が勇敢に戦い、ほとんどが戦死しました。この事件がきっかけで、これ以降、法王を警護するのはスイス人というのが伝統になりました。
 衛兵になるには、宗教が同じであることはもちろん。品行方正で学校の先生やら神父さんやらの推薦状も必要で、なかなかなれないそうです。
 制服は、かのミケランジェロデザインとか、なかなかカッコいいです。