Q. ひろさんからの疑問
ヨーロッパの人の名前でよく「〜ピッチ」って最後に付きますが、どういう意味なのか教えてください。
例:ミルコ・クロコップ・フィリポビッチってな感じです。
★この疑問を聞いて最初に思い浮かべたのが、ショスタコービッチだったのですが、彼はソ連の作曲家です。
そういえば、ソ連最後の書記長であるゴルバチョフさんも、ミハエル・セルゲイビッチ・ゴルバチョフてな名前だったと思います。案外、「ビッチ」は、「○○の息子」という感じかもしれません。
上記の推測が当たりなら、「ビッチ」に関する他の情報もいただけるとうれしいですね。(星田)
A. はにわにはさんから
ロシア小説を読む際のお約束、としてこんなのがあります。
「アレクセイ・フィョードロヴィッチ・カラマーゾフ」は、カラマーゾフ家のフィョードルという人の息子のアレクセイさんです。
まんなかの「なんとかヴィッチ」というのは父称といって、父親のファーストネーム+「ヴィッチ」で構成されます。
ロシア小説の解説なんかを見ると書いてあります。
このアレクセイさんをすこし改まって呼ぶときは、必ず父称をつけて「アレクセイ・フィョードロヴィッチ」と呼びます。アレクセイさんが自分と同等か目下の場合は「アリョーシャ」「アリョーシカ」といった愛称で呼びます。
女性の場合、たとえば、このアレクセイさんにアンナさんという姉妹がいた場合は、「アンナ・フィョードロヴナ・カラマーゾヴァ」となります。
A. ぶっとこさんから
「なんとかビッチ」は、「誰々の息子」の意味だったと思います。のっけから曖昧で申し訳ないですが、東京外語大編の世界の言語ガイドブックに確かそう書いてあったと思います。しかし、本が手元にないので……。
スラブ系とか北欧系にはもともと姓がなく、何某の息子のピョートル、とか父姓をつけて区別していたのが、やがて姓に転用されるようになった、という説明だったと思います。北欧系の人に「ヨハンソン」「アネルソン」といった「xxソン」という名前が多いのもそのためです。
また、ロシアは父姓と姓がともに使われてます。質問にでたショスタコービッチのフルネームは、ドーミトリ・ドーミトリエビッチ・ショスタコービッチです。
A. じーじょさんから
これは「〜家の」いう意味で息子に使われます。娘さんの場合は「〜ブナ」となります。
また、「ゴルバチョフ」、「ロマノフ」、「フルシチョフ」等は男性の姓で、女性の場合「ゴルバチョワ」、「ロマノワ」、「フルシチョワ」等と「〜ワ」となります。
もし、ドストエフスキーが女性だったとしたら、「ドストエフカヤ」というふうに姓の語尾が変化します。
A. うにうにさんから
ご推察のとおり、「〜ビッチ」はロシア語で「〜の息子」の意味です。
スコットランド系に多いMc(Mac)〜や、アイルランド系のO'〜(オブライエンなど)も同じ意味です。
余談ですが、芥川也寸志さんが旧ソ連に行ったとき、税関かどこかでミドルネームを書く欄を空白にしていたら、「お父さんの名前は?」と聞かれて、結局彼の名前はその職員によって、
「ヤスシ・リューノスケヴィッチ・アクタガワ」
になった、というエピソードを聞いたことがあります。どこまで本当だかわかりませんが……。
★どらエモンさん、トマトカレーさん、月弓さん
からも、回答をいただきました。ありがとうございます。(星田)
★さらに、今回の疑問に関連するメルマガの記事をぱぴちゃんさんから教えていただきました。発行者さんの許可を得て、転載いたします。(星田)
A. 中塚麿美さんから
突然ですが、father
という単語から何を連想しますか? そうそう、モチロン「父」「祖先」ですよね。または「創始者」の意味もありますし、「神父」のことも
father と言いますよね。
バイブルを開くとまず一番に「〜は〜の父、〜は〜の父…」という系譜がしばらく続きます。また、イエスは
Father と天の神に呼びかけていますよね。
あ、これは宗教の勧誘とかじゃありませんから(笑)安心して読み続けてくださいね。なぜこんな書き出しになったかというと、欧米には「〜の息子」という名字がとても多いからなのです。それを聞いて、何となくバイブルを思い出してしまったというだけの話なんです。
たとえば、おなじみのマクドナルド。関西では「マクド」といいますが、関東では「マック」って言うんですか? それは別に関係ないんですが(笑)、McDonald
の Mc や、マッカーサー(MacArthur)の Mac
は「〜の息子」を表すスコットランド系の名前です。つまり、マクドナルドは「ドナルドの息子」という意味。
ついでながら「ドナルド」というのはスコットランド人の代名詞のような名前で「世界」と「支配者」の意味を持つケルト語に由来するそうです。確かにマクドナルドはある意味、世界を制覇している模様デス(笑)。
また、O'Hara や NBAプレーヤーの O'Neal
のように O' も「〜の息子」を表すアイルランド系の名前。フィッツジェラルドという名前の
Fitz も同じく「ジェラルドの息子」という意味で、こちらはノルマン系の名前。
北欧で圧倒的に多い「〜セン」「〜ソン」も「〜の息子」を表し、「〜sen」「〜son」は、西欧文化発祥の地ギリシャに起源があると言われています。
北欧では面白いことに親子で名字が変わっていく習慣があったそうで、たとえば、ヨハン・アンデルセンという人がいたとすると、彼の父の名前は「アンデルス」さんで、彼の息子の名字は「ヨハンセン」に変わってしまうことになります。スウェーデンで姓を固定化するように法律が作られたのは1901年のこと。ホントについ最近までこのような習慣があったのですね。
「〜セン」「〜ソン」と聞いてご想像いただけるように、Johnson
などの末尾につく son も「〜の息子」の意味です。Williams
のように「〜s」で「ウィリアムの息子」という場合もあるようですが、「〜s」には雇われ人を意味することもあったようです。
「〜イチ」や「〜ヴィッチ」は「〜の息子」を表し、ロシアではこれをミドルネームに用いる習慣があります。もちろん、「〜の息子」ですので、これは、男性の場合です。女性の場合は接尾辞が違い、たとえば父の名が「パヴロ」だとすると、ミドルネームは「パブロヴナ」になります。
また、国によってはこの「〜ヴィッチ」が姓となった例もあります。
さらにアラブでは、「ウサマ・ビン・ラディン」のように「ビン」や「イブン」が「〜の息子」を表しています。
A. Issieさんから
正しくは「〜ビッチ」または「〜ヴィッチ
-vich」ですね。もうすこし正しく、本来の語尾も加えると
-evich もしくは -ovich となります(-e と -o
のどちらになるかは直前の子音のタイプによってきまります)。
これは星田さんの言われるとおり、東ヨーロッパのスラブ系諸言語で「〜の息子」という意味の語尾です。北ヨーロッパ(ノルマン系)の「〜セン」または「〜ソン」、イギリス・ケルト系の「マク〜」と同じものと考えていいでしょう。
もうすこし詳しくいうと、元の名詞に
-ev または -ov という語尾がつき、さらに
-ich という語尾がついて「〜の」という意味の形容詞(のようなもの)になる、という約束がスラブ系の言語にはあります。
スラブ系諸民族のうち、セルビア人に代表される南スラブ(ユーゴスラビア)の人々はこの「〜イッチ
-ich」という形の名前をそのまま姓としている人が多数です。「ストイコビッチ」とか、地学の教科書に必ず登場する「モホロビチッチ」なんていうのが代表です。
第2次大戦までのユーゴスラビア、元々はセルビアの王様の家系は「オブレノビッチ家」と「カラジョルジェビッチ家」でした(「カラ〜」という姓にはオスマン帝国、つまりトルコ語の影響が見受けられます)。ただ、ハプスブルク帝国(オーストリア)、つまりドイツ語圏に含まれたクロアチアやスロベニアではこの語尾を持たない姓も一般的です。
けれども、こうした名前のつけ方はスラブ系諸民族には一般的であったので、西スラブ(チェコ、スロバキア、ポーランド)の人々にもしばしば見られます。そして、これらスラブ系諸民族との接点の多かったドイツ語にも「〜イッツ
-itz」などの形で取り込まれているようです。
ロシア人は、この -evich / -ovich という形の名前を直近の父親について用いるという習慣を取り入れました。ゴルバチョフはお父さんが「セルゲイ
Sergei」という名前なので彼自身の名前「ミハイル
Mikhail」の後に「セルゲイの息子」という意味の「セルゲエビッチ
Sergeevich」という名前(これを「父称」と呼ぶ)を続け、これに彼の一族の名前である「ゴルバチョフ
Gorbachev」をつけて Mikhail Sergeevich Gorbachev
というのが彼のフルネーム、ということになります。
ロシア人の場合、さっきの -ev または
-ov というのが姓を作る語尾として一般的です。ブレジネフ
Brezhnev とかアンドロポフ Andropov
というのがそうですね。あるいは、-in
というのも一般的に姓を作るのに用いられる語尾です。エリツィン
El'tsin とかプーチン Putin がそうですね。歴史的人物では、本名ではないのですがレーニン
Lenin (本
名:ウリヤノフ Ul'yanov)やスターリン
Stalin もこの語尾を使って作られた名前です。
チャイコフスキー Chaikovskii という姓は、元になった単語(チャイカ
chaika=かもめ)に“お決まり”の語尾 -ov
がつき、さらにポーランド系に多い -skii(ポーランド語では
-ski)という語尾までがついてできあがったものです。
スターリンは本来、純粋なロシア人ではなくてグルジア人ですが、彼の本名
Iosif Vesalionovich Dzhugashivili(ヨシフ・ベサリオノビッチ・ジュガシビリ)のように、-evich/
-ovich という父称はロシア帝国またはソビエト連邦支配下の非ロシア人にも適用されました(なお、-shivili
あるいはシュワルナゼに代表される-adze
というのはグルジア人に特有の姓を作る語尾です。同じく「〜アン
-an」というのはアルメニア人に特有)。
ロシア人社会では相手に最大限の尊敬の意を表明するときには、相手の姓ではなく、相手の個人名+父称で呼ぶのが習慣です。つまり、単に「ゴルバチョフ(氏)」と呼ぶよりも「ミハイル・セルゲエビッチ」と呼ぶ方が尊敬の度は深いのです。
なお、 -ev/-ov, -in, -skii という姓は男性形、つまり「男性についてのみ」用いられる姓です。女性の場合には、文法的に女性であることをあらわす
-a という語尾がさらに続きます。たとえば、ゴルバチョフ夫人の(故)ライーサさんの姓は「ゴルバチョワGorbacheva」、エリツィン夫人のナイナさんは「エリツィナ
El'tsina」になります。チャイコフスキーの奥さんや娘さんの姓は「チャイコフスカヤ
Chaikovskaya」ですね。ただし、問題の「〜(ビ)ッチ」タイプの姓の場合は、男女同形です。
★うわ〜、「モホロビチッチの不連続面」! なんて懐かしいんでしょう。そういうの昔習いしたね。(星田)
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