--- 素朴な疑問集 ---
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疑問No.823 (2010.04.10)

Q. しのちゃんからの疑問

そこら辺の(血縁)関係のない若い女性に向かって「そこの娘さん」という呼びかけは日本語としておかしくないのに、若い男性に向かって「そこの息子さん」とは言わないと思います。なぜでしょうか。

たしかに、「そこの息子さん」には、違和感があります。私もそう感じるということは、きっと説明が可能だと思うのです。ヨロシク!(星田)


A. Rinさんから

 おそらく男性の場合は、名前を呼んだか肩書きや通称を呼んだのではないでしょうか。○○の君、○○守、など。
 江戸時代以前は女性の名前が広まらず「○○のむすめ」などと呼ばれたことに対し、男性は小さい頃から○○丸、○○助などの呼び方を広く知らせて呼ばせていたと思われます。しかも、現代の文法でも「娘」「息子」両方とも目上の人物の子どもには使わないのが一般的のようで、武家や貴族の社会では「そこの息子さん」とはまずいわなかったでしょう。
 うっかり使って身分の高い人(着物が庶民的でもお忍びの可能性も)の「ご子息」、まして「お世継ぎ」だとしたら身分制度の厳しい時代は叱られるだけではすまないかも。
 じつはこの制度に困ってるのが小説家で、女性の名が記録に残ってないので歴史小説を書きづらいのだそうです。『天と地と』で謙信の母の名が「袈裟」とありますが、これは海音寺潮五郎がつけた名前で、
「佐渡おけさから思いついたことです。越後の女ですからねえ」
とのこと。

A. みし丸さんから

 あらかじめお断りしておくこととして、厳密な言語学的解釈が現れるまで暫定的な理解に留めて欲しいと思います。
 日本語にかぎったことではありませんが、シチュエーションによって単語が表す意味は変化します。
「そこの娘さん」と呼びかけるシチュエーションでは、対となるいい方は「そこの若者」や「そこの青年」になるはずです。
 若者とは「見かけ上」未婚者で、「見かけ上」若々しい人間で、年齢的にはティーンエイジ後半以上という条件がつくでしょうか。本来的には両性をさしますが、このシチュエーションでは男性をさします。
 青年も「青年の主張」という恒例イベントがあり、参加対象は両性をさしますが、やはりこのシチュエーションでは男性をさします。
 単語が一方の性をさす場合、性差別問題がささやかれます。かつての看護婦は看護師に改められ、女優も俳優に統一するべきだといわれています。
 しかしその一方で、少年法などに見られる両性統一された「少年」という表現を目にすると、専門外の人間にとってはいまだに違和感を覚えることもあります。少年法では「少女」という単語を使わないのです。
 ちなみに、ここでしきりに「両性」という単語を使ったのも、「男女」という順番では性差別にあたるからです。だからといって、半々で「女男」と表現し始めたら、今日までの慣習から違和感がありますよね。
 慣習の影響は大きいと思います。たとえば家庭内で、長女のことを「お姉ちゃん」と呼んでも、「妹ちゃん」と呼ぶことはありません。長子以外は名前で呼ばれることが慣習です。
「そこの娘さん」の対となるいい方として「そこのお兄さん」もあるでしょうね。「そこのお兄さん」に対しては「そこのお姉さん」になるでしょうが、日本語の対義語は、ある種の性差別も歴史的に介入して、必ずしも一対一になっているわけではないということです。