--- 素朴な疑問集 ---
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疑問No.828 (2010.05.01)

Q. 千波さんからの疑問

 達筆の方っていらっしゃいますよね。「御香典」「お祝い」くらいなら続け字で書かれていても推察できるのですが、文面が達筆で書かれてあると……。
 歴史上の人物が残した手紙を博物館等で見ると、何が書かれてあるのか本当にわかりません。
わからないような字をなぜかくのでしょうか? 当時の人は、あのような字が読めたのでしょうか?
 また、当時は「楷書」は存在しなかったでしょうか?

そうですね。確かに読めません。読める字で書いてほしいですよね。(星田)


A. 爽雨さんから

 私が思うには 博物館などに展示されているものは、当時、読む必要のあった人は勉強をされていた人達ですから、読めたのではないでしょうか? 今もある程度勉強すれば、崩した文字も読めるはずですね。
 いつ頃のことを仰っているのか判りませんが、漢字が中国から入ってきて日本に仮名が誕生してからのことでしょうか? 「楷書」は南北朝から隋唐にかけて標準となった書体ですからおそらく仰っている時代にはあったと思われます。

A. ごんたさんから

 誰もが必ずしも読めることは無かったと思います。ただ、経験を積めばある程度読めたのではないでしょうか? それは現代の我々でも同じことです。
 手紙や証文など、その人の直筆であるという証明と、相手が理解出来るだろうという前提に立ってあのような字体を用いたのではないかと想像します。
 書いた人が分かれば、その人の字の癖(書体や文体など)からどのようなことが書かれているか分かるでしょうし、何に書かれた文章かが分かっていれば大まかな内容(年賀状なら新年の挨拶に関する文だ、とか)だって分かるでしょう。
 その辺は経験を積めば出来ますし、逆にそれぐらいの知識がない人には読んでもらう必要はないとの意思表示でもあるでしょう。
 逆に、誰もが読んで理解してもらう必要のあるもの、たとえばお触れ書きのような文章は楷書で書かれていたのではないかと思います。

A. Issieさんから

 実は私も読めません。けれど、日本史を専門にしていて古文書の読み方の訓練をした人は読めますよね。「ミミズがのたくったような」という点では似ているアラビア文字もモンゴル文字も勉強をすれば難なく読むことができます。
 私たちが読めない理由は簡単。このような文字の読み方も書き方も教わっていない、それだけです。もちろん昔の人は教わっていました。だから読み書きができるのです。
 楷書がほぼ現在の形となって確立するのは中国の唐の時代です。以来、最も正式な書体は楷書ということになりました。中国の厳しい官吏登用試験である科挙に合格する第一歩は漢字を楷書で正確に書くことにあったそうです。
 日本でも奈良時代の公文書は正確な楷書で書かれています。聖武天皇や光明皇后が端正な楷書で書いた文書も残されていますね。
 ところが平安時代になると、特に私的な文書では草書のような崩し字で書かれるのが普通になりました。鎌倉時代以降の武家政権での公文書も、もともとは鎌倉殿(源頼朝)が家来である御家人に与えた私的文書が起源ですから、これも崩し字で書かれました。
 京都の朝廷でも「天皇の言葉を女房(女官)が手紙でお伝えする」という形で文書が発給されるようになったので、やはり崩し字で書かれました(でも辞令のような正式な文書は楷書で書かれます)。
 さらに、もともと草書体に起源を持つ「ひらがな」も続け書きされるものでした。こうして通常の文書は崩し字・続け書きで表記するのが普通になり、その書き方にも一定の作法ができあがりました(でも写経をするときには1字ずつ楷書で書きますね)。
 江戸時代に一般に行われていたのも、この崩し字・続け書きによる表記です。庶民の教育機関であった寺子屋でも、最初は“かな”を一字ずつ教えたのでしょうが、ある段階からは崩し字・続け書きの文例集のようなものをお手本にしていました。文字の形と一緒に、日常生活に必要な手紙や書付の基本的な形式も教えたのですね。
 町中で流通していた読み本など、木版印刷による出版物も、そうした崩し字・続け書きで表記されていました。だから私は読めませんが、昔の人は当然に読めたのです。
 学校教育で主に楷書を教えるようになったのは明治になってからです。明治半ばに「ひらがな・カタカナ」が現在の形に整理され、ほかの字体が「変体仮名」として書道教育の場以外から排除されたのも同じ頃です。楷書に近い明朝体の活字で1字ずつ印刷する活版印刷が主流になったのと関係あるのかもしれません。筆記具も毛筆から硬筆に変わり、戦後は(実用)書道教育の場も激減して、私たちはそのような文字の書き方も読み方も教わることがなく、その結果読めなくなってしまった――ということです。
 ちなみに、現在は続け書きされるアラビア文字も元は漢字の楷書のように1字ずつカッチリした書体で書かれる文字でした。そもそも、現在もカッチリした形で書かれる(印刷される)ヘブライ文字と兄弟の文字ですから。