Q. 裕之さんからの疑問
世の中にはたくさんの言語がありますが、ハングル文字は、なぜあんなに独特なのでしょうか。
この間、韓国旅行に行った友達に韓国みやげをもらいました。そのパッケージを見ても裏面の表示を見ても、ハングル文字オンリーで、それが食べ物なのか何なのかワケが分かりませんでした。3とか5とか、数字だけは世界共通でした。
後日、その友達に聞いたら、栄養のあるお菓子だそうです。
日本は、中国と海を隔てているにもかかわらず、漢字を使います。意味も近いので、中国人に『毒』と言う文字のニュアンスは伝わると思います。
韓国は中国と接しているのに、ハングル文字は、なぜあんなに独特なんですか? 日本人が、昔から「まねしぃ」だっただけなんですか?
★「独特」かどうか? 世界に存在するたくさんの種類の文字という観点からすると「独特」ではないかもしれません。まずは、「独特」なのかどうかという疑問です。
さらに、確かに、漢字の影響を受けていないように思えます。それはなぜなのか? 今回、けっこう、難しい疑問ですよ!
A. ごんたさんから
ハングル文字は漢字や派生文字であるひらがなやカタカナと違い、文字そのものを見れば発音が分かるという特徴があります(表音文字と言います)。ハングル文字は、ローマ字と同じように規則さえ理解できれば簡単に読めると聞いたことがあります。
韓国語のハングル文字は日本語におけるローマ字と同じようなものと考えれば、文字の形こそ独特ですが存在としては必ずしも独特とは言えないのではないかと思います。
漢字の影響を受けていないのは、漢字という文字がそれぞれ意味を持つ「表意文字」であったがため参考にしなかった、というか独自性を明確にするため似せなかったのではないかと考えます。
日本が表意文字に漢字、表音文字にアルファベットの組み合わせであるローマ字を採用したことは「まねしぃ(模倣)」と思われるかもしれません。
しかし、既存の文字体系を利用し混乱を最小限に抑えながらも、表意文字と表音文字を使い分ける日本語って凄いんじゃないかと思うのです。
A. 少伯さんから
ハングル文字はその歴史的な誕生を考えないとみえてこないのでしょう。
韓の国でももともと漢字を使用しておりました。中国の唐の時代以降、何度も征服され中国を宗主国と仰いでいたのですから……。
で、なぜ漢字ではないのかということですが、漢字も使用されていましたというか、正式には漢字が用いられていたのです。
ただ、日本より身分の違いがその生まれによるところが決定的になってしまうお国柄のため、一般庶民には学習する機会すらありませんでした。
また、日本のように仮名文字も発明されなかったため一部の特権階級のものでした。
そうした中、李氏朝鮮王朝の時代に王様が、一般国民にも簡単に覚えられるように母音と子音の組み合わせによる表音文字を作らせ普及させようとしたようです。
それがあのハングル文字なのですが当初はなかなか普及しなかったようです。 というわけで、あのハングル文字は全く似ていませんが、日本のカナ文字のようなものなのです。
A. Rinさんから
ハングル文字は見た目は独特の形ですが、漢字とのつながりがないわけではありません。
学校で世界史の学習に使う副読本には、各地の文字のつながりが載ってますが、ほとんどの文字はすでに存在する文字の影響を受けるか、のちに発生する文字に影響を与えています。ハングルも漢字と矢印で結ばれています。
ハングルが独特な形をしてるのは「発音記号」だからだそうです。口の動かし方などをもとにしてるそうですが、英語の発音記号も最初にみたときは奇妙でした。まして私が通ってた塾では「耳からおぼえろ」といって発音記号を使ってなかったので……。英語を習ってる人にも、音楽記号やギリシャ文字がまじった発音記号が奇妙なのですから、漢字に対しハングルが違和感があっても、やむをえません。
日本人は「まねしぃ」ではなく、むしろ学ぶものがなくなると大陸の国と距離をおいて、平安時代や江戸時代に独自の文化を育てました。ひらがなやカタカナもそうです。
私としては履物がいい例だとおもいます。朝鮮半島の人々が中国風の靴を早いうちに使ったのに対し、日本人は京の貴族をのぞけば、多くの時代に大部分の人が、ぞうり・わらじ・ゲタなどの、サンダル形態の履物を使っていました。日本人が靴をはくようになったのはペリー来航後に西洋の靴が入ってきてからで、しかも農村や下町でも老若男女をとわず靴を使うようになったのは第二次大戦後に復興してからのようです。
独特な文化はどの国にもあります。ハングルも特別ではないし、日本も「まね」ではない独自のすばらしい文化があるのです。
A. 賢さんから
ハングルの独特さについてです。
質問文からは、質問者さんが「ハングルは独特だ」と判断された理由がわかりませんでした。文字を見ても数字以外はわからないというのは、たとえばアラビア文字でもそうでしょうし、アルファベットを見たことがない人にとっての英語もそうでしょうし、外国の方にとっての日本語もそうでしょう。
単に「その文字を知らないから読めなかった」というだけで、ハングルが特別独特であるということにはなりません。
自分はハングルの発音はわかるので表記は読めますが、韓国語はわからないのでどういう意味なのかはわかりません。これは表音文字としては当たり前のことでしょう。
さて、ハングルは、1446年に公布された人工文字です。
当時の朝鮮半島では漢字が使われていましたが、中国語と朝鮮半島語が違うため、漢字で朝鮮半島語を正確に表現できず、漢字に代わって「朝鮮半島語を正確に表現できる言語」を目的として作ったようです。
むしろ、
漢字に代わるものとして打ち立てたため、あえて漢字とは違う様式になっている
と思われます。
肝心な部分は漢字とは別のものにして、いいところは漢字を真似して作ったような意図を感じる部分もあります。
既存の文字があり、あらためて別の文字を発明したという例は他にもあります。日本では、文字がなかった日本に漢字が輸入され、日本古来の言語である和語にあてはめて読み仮名が設定され、その後漢字を崩して日本独自の平仮名や片仮名が発明されました。
古代エジプトでは、壁画で有名なヒエログリフ(支配階級専用の文字)の後に、簡略化されて民衆にヒエラティックとして広まったという例もあります。敗戦国や植民地に対する文化の強制も似たところがあるかもしれません。
字について。
ハングルは表音文字で、1文字に固定の音が定められています。ここまではアルファベットと同じですね。
1つの文字は、総数約40個の表音部が2〜4つ組み合わさって構成されています。日本語で真似してみると、「加」の2部分1文字で「カロ」、「汐」の2部分1文字で「シタ」と読む感じです。これは独特かもしれません。(複数の字から1つの字を作るのは漢字にもありますが、漢字は表意文字なので、構成するパーツとは読みが変わります。
複数の表音部を一つの区画に押し込むのはヒエログリフと似ていますが、ヒエログリフは「1つの文字」として構成しているわけではなく、スペースを有効利用するために書く人の裁量で文字を押し込んだというだけです。
単純に考えて、音を表す図形を発明したなら、それを1音1字として並べればいいように思いますが、漢字に対抗した歴史から考えると、「単純な図形をいくつか組み合わせて1つの文字にする」という点は漢字を真似したのかもしれません。
まとめると、
1.×「知らないと読めない」という点において、独特ではない。
2.×「文字の読み方を知っていれば読めるが、発音できても単語の意味がわかるとは限らない」という点において、独特ではない。
3.×「文字のある文化で、あらためて独自の文字として作られた」という点において、例は少ないものの唯一独特ではない。
4.△(別の文化圏に支配されたなどの外部からの干渉がないのに)「文字のある文化で、既存の文字を排斥する目的で作られた」という点においては独特かもしれません。
5.×「1文字に1つの読み方が対応している表音文字」という点において、独特ではない。
6.△「全ての文字が、音を表すパーツの組み合わせでできていて、その文字の読みは使われたパーツをそのまま読んでいるだけ」という点においては独特かもしれません。
中国と朝鮮半島が陸続きなのに言語が違うことについては、確かに直感的に疑問を感じるのもわかります。
しかし広い大陸では、「陸続きである」=「人々の交流が容易」と単純に考えることはできないと思います。
距離が遠すぎて交流できないかもしれませんし、近くて陸続きだからこそ相手民族のことがよく見えて対抗意識が強まるということもあるかもしれません。
A. Issieさんから
ハングルの「独特」な点の第一は、その「始まり」がはっきりわかっていることです。
たとえば、日本語の「かな」は誰がいつ考案したかわかりません。漢字もそう(始皇帝が字の形を統一した、という話はありますが)。ラテン文字(ローマ字)やギリシア文字、フェニキア文字やヘブライ文字、もちろん、エジプトのヒエログリフなどもそうですね。多くの文字は、その「始まり」がわかりません。
ロシア語などで使われているキリル文字は、9世紀のギリシア人伝道師であるキュリロス(ロシア語でキリル)が考案したと言い伝えられているのでその名があるのですが、それはあくまでも「言い伝え」であって史実ではないとされています。少なくともキュリロスが考案したのはキリル文字ではなくて、グラゴール文字であると考えられています。ちなみに、キリル文字のほとんどはギリシア文字をスラブ語の発音に合わせて改造したものですが、グラゴール文字は独創的な形をしていて、一部がキリル文字に流用されています。
これに対して、ハングルは李氏朝鮮の第4代国王・世宗(セジョン)の命令で作られ、1446年に「訓民正音」という名前で公布された文字です。同じように始まりのはっきりしている文字に、モンゴル(元)のクビライが作らせた「パスパ文字」(パスパはこの文字を考案したチベット僧)がありますが、こちらは元の滅亡とともに廃れました。
ハングルの「独特」な点のいま一つは、それぞれの文字の由来がはっきり説明されていることです。
李氏朝鮮では儒教の中でも特に「理屈っぽい」朱子学が国教となっていました。実際にハングルを考案したのは朱子学を修めた学者や官僚たちであり、王様自身も朱子学を学んでいますから、ハングルはその成り立ちからとても理屈っぽいものです。
まず、当時の朝鮮語の発音体系を厳密に分析して、必要かつ最小限、最も無駄なく書き分け、書き表せる音を取り出して、それぞれに文字を考案しました。
「訓民正音」とともに公布された解説本には、それぞれの文字の由来が詳しく説明されています(解説本があるというのも、この文字の「独特」な点です)。それによると、子音字はそれぞれの音を発音する器官の形。たとえば、nを表す文字は舌の形、sは歯の形、mは口の形、というように。
母音については、当時の朝鮮語には母音が3つのグループに分かれていて、そのうちの2つのグループは1つの単語の中に同時に存在できないという特徴があったので(母音調和という)、それを朱子学でも基本原理とされる「陰陽五行説」で説明して、棒と点の組み合わせで形作りました。
「訓民正音」の公布文には、王様がなぜこの文字を作らせたか、その理由が事細かく説明されています。やはり、理屈っぽい。
ハングルの当初の名前である「訓民正音」とは、正しい発音を民に訓(おし)える、という意味です。
前述のとおり、王様や官僚、学者たち、当時の朝鮮の支配層は朱子学を修めており、当然、その前提として漢字を学んでいます。でもそれは、一般民衆には縁のないものでした。
一方、支配層は四書五経をはじめとする儒教の文献を学ぶわけですが、その際には「生の中国語」で学ぶのではなく、日本と同じように「朝鮮語化した発音」で漢字を学んでいました。王様はその発音が「乱れている」と感じたようです。そこで、その発音を正し、さらに無知な民衆にも「正しい発音」を教えてやるために、この文字を作ったというのです。
そういう「目的」がはっきり書かれていること、これもハングルの「独特」な点の1つです。
ハングルの文字1つ1つはとても幾何学的な形をしています。それは、毛筆を持つことも覚束ない無知な民衆でも棒が1本あればそれで書くことができるように、という配慮によります。けれども東アジアで一般的な筆記用具はやっぱり毛筆ですから、やがてそれに合わせてハングルの毛筆書体、そしてハングル書道なども発達しました。
しかし漢字の影響を全く受けていないわけではありません。
ハングルは個々の子音や母音に対して文字が作られているわけですが、実際にはそれらを組み合わせて音節単位で表記されます。その組み合わせ方は、漢字の偏や旁、冠や脚の組み合わせと同じです。
また、その音節単位で表記されたハングル1文字はそのまま朝鮮語(韓国語)での漢字1文字の発音にそのまま対応します。たとえば「韓国」をカナで表記すると「カンコク」と4文字になりますが、ハングルでは
han-gug と漢字と同じ2文字で表記されます。漢字をそままハングルに置き換えることができるわけです。
つまるところ、ハングルはその形だけでなく、その成り立ちから目的までとても精密な「理屈」でできあがっていることが、何よりも「独特」なのではないかと思います。
なお詳しくは、平凡社新書523『ハングルの誕生
音から文字を創る』(野間秀樹・著)をお読みになるといいでしょう。
★dprjt873さんからも、回答をいただきました。ありがとうございました。
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