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疑問No.974 (2012.05.26)

Q. kztさんからの疑問

 教えてください。
 夏目漱石や芥川龍之介の時代には、小説の中で登場人物はたいていの場合、「いらしった」と言っています。
 漱石の「三四郎」で、三四郎がついに美禰子のところを訪れるシーンは覚えておられる人も多いでしょう。美禰子は三四郎が来るのを待っていたかのように、三四郎にこう言います。
「とうとういらしった」
 しかし、現代では「いらっしゃった」が正しい表記です。小学校ではそう習いました。
 なぜ、明治・大正・昭和初期まで、誰も「いらっしゃった」と正しく書かなかったのでしょうか。そして、いつごろから小説で「いらしった」とは書かれなくなったのでしょうか。
「いらしった」ではなく「いらっした」「いらした」という表現の小説もあります。いずれも意味が通じるところが不思議で、面白いと思います。

「いらっしゃった」と発音していたのに、表記は違っていたという可能性もありますよね。(星田)


A. 半可通さんから

 私も明治期の仮名遣いには詳しくない(せいぜい「蝶々」を「てふてふ」と書くことを知ってる程度)なので、とりあえず、今の時点で私の考えを幾つか羅列させて頂きます(あくまで私感です)。

1.仮名遣いの原点は藤原定家に始まる。
2.江戸期に何回かの変遷期があるが、最後は本居宣長。それ以降、歴史的仮名遣いを用いている。
3.昭和21年の内閣告示までは、歴史的仮名遣いを用いている。

 さらに、たとえば法令文などで促音は「つ」であり「っ」になったのは、昭和63年7月20日以降です。
 その例などを見ても判りますが、「いらしった」ではなく「いらしつた」表記だったはずです。
 さて、この単語が歴史的仮名遣いから現代かなづかいに変わった際に、どうなったかです。私は、「いらしつた」→「いらした」だと推測しています。
 現代かなづかいでの「いらっしゃった」に関しては、「いらせられた」が語源だと考えてます。つまり、「いらしつた」が「いらっしゃった」に変化したのではなく、元々別の単語なのだが、用法として「いらっしゃった」が拡大し残ったのだろうと思うのです。
「いらした」も現代語の中に残ってるが用法が狭まっただけではないでしょうか。また「いらつした」も「いらっした」の形で用法が狭くなったのではなかろうかと考えます。
 つまり、歴史的仮名遣い上では、「いらしつた」と「いらつした」「いらせられた」の3種表記があり、江戸後期の文章であれば、それは別々に用例が見付かるかと思います
 口語上の言語は時代と共に少しずつ変化しますので、いつの時点で「いらせられた」が「いらっしゃった」という音便発音になったのか、それを正確に調べることは難しいので、その点は不問とさせてください

A. 子沢山さんから

 面白い疑問だと思ったのと、少々ピンとくるものがあったので、調べてみました。
 質問者さんは、夏目漱石と芥川龍之介の例をあげていらっしゃいますが、他に谷崎潤一郎や堀辰雄も「いらしった」を用いたようです。
 これらの作家で共通するのは、みな東京出身の作家、しかも下町ではなくいわゆる山の手側の出身だということです。このことについては後述いたします。
 まず、「いらっしゃる」ですが、これは存在を示す動詞「いる」の未然形に尊敬の助動詞「す」を変化させてつけ、もう一つ尊敬の助動詞「らる」をつけて「いらせらる」になり、この「いらせらる」の音が変化して「いらっしゃる」になったもので、江戸時代後期に誕生した語のようです。
 この「〜しゃる」という語は公家が用いた京言葉(例:あらっしゃります〜)によくみられるもので、このような言葉が武家の時代に出現したのには、幕末の時代背景が関係しているのかもしれません。
 ですから、「いらっしゃった」と「いらしった」の関係は、「いらっしゃった」の方が元ということになります。
 ところが明治時代になり、この「いらっしゃった」が広まる中で、「いらしった」、または「いらっしった」を使う方々がいました。これが、先の山の手言葉を使う方々です。
 どうもこれらの方々は、「しゃ・しゅ・しょ・じゃ・じゅ・じょ」がお好きではなかったようで、現在都庁がある街を「しんじく(新宿)」、身体を切ったりする医療行為は「しじつ(手術)」と言っていましたので、同様の流れだと思います。
 さらに明治の後半になると「いらした」という、全く促音を用いない形が生まれ、これは現在まで続いています。
 ですから、「いらしった」から「いらっしゃった」になったわけではなく、まず「いらっしゃった」が生まれ、これは現在まで使われている一方、「いらっしゃった」から「いらっしった」と「いらしった」が枝分かれして、これが「いらした」になって現在まで残っているというのが実情だと思います。
 最後に、江戸でも山の手でもないのですが、千葉県に「酒々井」という町があります。読めますか?

「酒々井」は、読めませんでした。(星田)