--- 素朴な疑問集 ---
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疑問No.989 (2012.07.31)

Q. アンギラスさんからの疑問

 なぜ、マラソンは一回目のロンドン五輪大会(1908年)のときの距離に定められたのでしょうか?
 現在でこそマラソンの距離は厳密に測定されてますが、最初のマラソンが行われた1896年からしばらくは「単に長距離を走って順位(勝敗)を競う」という、現在の駅伝みたいに大会毎に距離が違う競技だったそうです。
 1908年の第4回ロンドン五輪のとき、当時の英国王エドワード7世ら王族が、「ウィンザー城のバルコニーから、スタートを見たい」などと言い出して、スタート地点を適当に移動したため、42.195kmという距離になったそうです。もともと、距離自体は大した問題ではなかったので、そのワガママ自体はどうでもよいのです。
 その後「記録(タイム)を比較するため、距離を一定にしよう」ということになり、距離を定めたわけなのですが、
そのとき、なぜ、前述のロンドン五輪のときの42.195kmという半端な距離を採用したんでしょうか?
 新たに距離を決め直すわけですから、他の五輪のときの距離でも、歴史に基づいてマラトンの村まで伝令の兵士が走った距離を実測しても、50kmなり25マイルなりキリの良い距離でも良かったわけです。
 マラソンの歴史に詳しい方、よろしくお願いします。

言われてみれば、その通りですね。
 今まで、このエピソードを聞いて納得していた自分が恥ずかしいです。


A. おーともさんから

 ロンドン大会のときに1位でゴール間近まで来た選手が倒れ、走れなくなってしまい、大会関係者(?)の手を借りてゴールしました。しかし、自らの力でゴールしたわけではないので当然失格となりました。
 けれど、このゴールは多くの人に感動を呼び、記念として42.195kmにしたらしいです。

A. Hoshiyanさんから

 近代オリンピック創生期のマラソンは大会ごとにまちまちでした。
 第4回ロンドン・オリンピックでは26マイルでした、イギリス王室の要望で、スタート地点をウインザー城の庭まで延ばしたため26マイルと385ヤードという半端な距離になったという逸話があります。
 しかし、逸話によって王室の登場人物が違うことや、レース前とレース後の測定記録が違うことから測定ミスと推定され、王室ワガママ説はよくできた作話だろうと思います。
 1920年頃からマラソンの距離を統一することが議論され、第8回パリ・オリンピックからロンドン・オリンピックの距離26マイル385ヤードが正式に採用されました、これは「ドランドの悲劇」と呼ばれる事件に因んでいます。
 イタリアのドランド・ピエトリという選手はゴールまで残り約2kmというところで、疲労と喉の渇きでフラフラになってしまったのです。彼はやっとスタジアムに入ってきましたが、進む方向さえ分からなくなっていました。
 係員が彼を誘導しようとしたとき、彼は倒れてしまい係員によって立ち上げられました。助力を受けたことによりドランドは失格になってしまいますが、諦めずにゴールを目指す姿は人々に深い共感を呼びましだ。
 このドランドを称えるために第4回ロンドン・オリン ピックのマラソン距離26マイル385ヤードを統一採用することに決められたということです。