--- 素朴な疑問集 ---
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疑問No.1237 (2017.07.14)

Q. kztさんからの疑問

 むかしから疑問に思っていたことです。
 裁判の風景は、写真や動画に撮ってはいけないという規則があるようですが、
それはなぜですか。写真の代わりに絵ならいいようですが、
なぜ絵がよくて写真がだめなのでしょうか? 納得のいく合理的な理由を、どなたか説明してください。
 こんな理不尽な規則のために、各新聞社とも、記者と絵描きをセットで必ず送り込めるよう、たくさんのバイトを雇い、抽選傍聴券を複数枚確保しようと渾身の努力をします。これらはまったく無意味な経費であり、無意味な努力に他なりません。また、これは他の傍聴者を排除することにも直結します。
 傍聴人数を制限するのは、裁判所の規模が限られていますから、物理的に仕方がないでしょうが、だったら、カメラを置いて動画中継すればいい。そうすればいくらでも多くの人間が視聴できて公平ですし、それについては何の問題もない。家で視聴している人間が、裁判所で暴れたり、裁判を妨害したりすることはできませんから、裁判所としても安心なはずです。
 本来、裁判は闇でおこなわれるのではなく、国民に開かれているべきです。技術の進んだ現代であれば、家庭裁判所・簡易裁判所以外の全ての裁判の実況動画をネット中継し、また録画し、アーカイブとして、自由に誰でもいつでも、いかなる裁判をも傍聴できるようにすべきです。それが真の民主主義というものでしょう。
「写真はだめだが絵ならよい」、その規則が決まったのは、今の技術レベルから想像もつかない昔のことではないでしょうか。たとえば、シャッター音やフラッシュが光って裁判の進行を妨げるからとか、そういう理由が発端ではないかと思います。ハイテク機材がフラッシュを焚かずにすみ、シャッター音がしないのであれば、いったいなんの問題があるでしょう。
「写真を可とすれば、似顔絵のうまい裁判専門の画家たちの仕事がなくなってしまうから」などの類の回答は、切にご遠慮ください。

「これだ!」という理由があるのかもしれません。知りたい!


A. nata3さんから

 裁判の状況が手描きの絵でしか表現できないのは当然だと思います。たとえ公開の裁判でも個人情報は守られなければならないからです。
 裁判官・検察官・弁護人などの業務でいる人は除かれますが、それ以外の人にとってはその裁判の場にいるということ自体が個人情報になります。写真や映像では映り込みにより、受忍義務のない人まで個人特定が可能になると考えられますので、個人情報保護に反すると考えられます。絵であれば描き手の主観が入ること、および描く範囲の制限により、描かれた絵が個人情報保護に反しないようにできると考えられます。
 裁判の公開は、どんな裁判が行われているかがわからなくならないようにするためのものであり、一般多数の興味を満たすために行われるものではありませんから、プライバシー保護を求められている現在では、裁判中の写真撮影や映像撮影は認めようがないと思います。
 なお、傍聴が抽選になっているのは、特定の集団が傍聴席を占領して裁判の公開を実質的に無意味にしてしまうことを防ぐために行われていると思っています。

A. くまっこさんから

 裁判の最中の撮影をするためには、裁判所の許可が必要です。そういう規則があるので、簡単には撮影できません。
 では、どうして、そんな規則があるのかですよね。
 じつは、撮影がOKだった時期があるのです。そんなとき、行き過ぎたカメラマンが裁判の邪魔になるくらいの大きな事故があったそうです。そういうことが起きないように、「許可制」になりました。「絵」ならそんな事態にはならないのでOKなのです。
 そういう理由もあるのでしょうが、たとえば私が本当は無実なのに裁判を受けることになったとしたら、シャッター音がしたり、強烈なライトを当てられたりするのは嫌だなと思います。
 きっかけは「事故による裁判の停滞を防ぐため」だったのでしょうが、今となってはプライバシーの観点から、カメラOKになるのは難しいのではないでしょうか?