● 第八十九段 ● 夏のホーホケキョ
ウグイスは、渡り鳥だとばかり思っていた。春になると、どこからかやって来て、
「ホーホケキョ」
と鳴く。
ウグイスの訪れ=ホーホケキョ=春の訪れ
という等式が、頭の中にできあがっていた。
しかし、先日(7月21日)、洗濯物を干していたら、ウグイスの声が聞こえた。あれは、紛れもなく「ホーホケキョ」だ。少しだけ自分の耳を疑ったが、何度も聞こえたので、間違いはない。
「夏なのに、ウグイスがいる! ウグイスは、渡り鳥ではない?」
そうなってくると、先の等式の一部が崩れてしまう。さっそく調べてみた。
■ ウグイス ■
スズメ目ヒタキ科の鳥。日本では、北海道から九州、沖縄までの各地に生息している。低地から山地で繁殖し、留鳥(りゅうちょう)として残る個体と、冬期に人家へ移動する個体がいる。オスの全長は約16cmで、メスはやや小さい。全体に薄い緑色を帯びた灰褐色をしている。ささやぶ、竹やぶなどにすみ、暗い林の中にはあまり入っていかない。食物は、主に昆虫やクモ。単独またはつがいで暮らしており、群れにはならない。
説明の中にある「留鳥」というのは、季節による移動をほとんどしない鳥のこと。渡り鳥ではないということだ。
ウグイスは、冬にもいたんだ。でも、冬に「ホーホケキョ」は、聞いたことがない。もしかしたら、冬のウグイスは、別の鳴き方をするのではと、調べてみたら、やはりそうだった。
どうやら、野鳥の鳴き方には2種類あるようだ。縄張りを宣言したり求愛の意志を込めた「さえずり」と、ふだんの「地鳴き」だ。
で、ウグイスの場合は、秋から春にかけて、やぶ中を「チャッチャッ」という声を出しながら移動する。この声が地鳴きだ。特に「笹鳴き」と呼ばれている。
春から夏にかけては、彼女の獲得、子育ての時期にあたる。このときに、「ホーホケキョ」のさえずりが聞かれる。これは、
「彼女がほしい〜」
「近づくな、俺のテリトリーだぞ!」
などの意味があるそうだ。
つまり、ウグイスは、一年を通して鳴いているのだ。
一つ注意をしておく。ウグイスの美しい声をもっと近くで聞きたいという気持ちはわかるが、ウグイスを捕まえてはいけない。1950年以降、ウグイスの飼育には許可が必要になっている。
【メモ】
◆ウグイスは、春になると谷の奥から出てくるので、「奥出ず(おくいず)」と呼ばれていた。これがなまって、「ウグイス」になったとされる。
◆「春鳥」「春告鳥」「報春鳥」「匂鳥」「歌詠鳥」「経読鳥」「人来鳥」「百千鳥」「花見鳥」「黄鳥」。全部、ウグイスの異名。
◆「春告魚」は、ニシン。
◆「ホーホケキョ」と鳴いているのは、オス。このオスのさえずりは、春のかなり早い時期から聞かれ、「初鳴き前線」は、季節の進行とともに北上していく。
◆「ケケケケケッキョケッキョ」と鋭い声で鳴くのは、「谷渡り」。警戒音と考えられている。
◆舌打ちに似た「チャッチャッ」の声は、冬の晴れた日などに、やぶや笹原の中で聞こえる。だから、「笹鳴き」。冬の季語にもなっている。
◆中学校のときに、『早春賦』という歌を習った。
春は名のみの 風の寒さや
谷のうぐいす 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず (作詩 吉丸一昌)
春といっても、まだ風が冷たい。「ホーホケキョ」には、時期尚早−−という歌詞だ。この歌からも、冬のウグイスの存在がわかる。しかし、ウグイスが声を立てないというのはまちがい。前述したように、笹鳴きをする。
◆鳴き声の美しさから「日本三鳴鳥」と呼ばれているのは、ウグイス、オオルリ、コマドリ。
◆自分の飼っているウグイスを持ち寄って、その鳴き声の優劣を競うのは、「鴬合わせ」。室町時代に始まり、江戸時代には盛んに行われた。
◆渡り鳥と留鳥の中間の形態として、「漂鳥」というのもある。季節によって比較的狭い地域を移動する鳥のこと。狭い地域での移動というのは、日本でいえば、北日本から南日本へ移動するくらいのこと。ウグイスは、留鳥または漂鳥ということになる。
◆「鴬」がつく言葉は、たくさんある。ウグイスのような美しい声という意味で、「鴬嬢」。プロ野球で、最初に鴬嬢が登場したのは、後楽園球場。
◆「鴬張り」は、歩くとウグイスの鳴くような音を立てる床張りのこと。京都東山の知恩院(ちおんいん)の渡り廊下が有名。廊下の板の裏側に金具がついていて、上を歩くときしむ構造になっている。
■ 知恩院 ■
文暦元年(1234)、法然の草庵があった地に創建された寺院。現在のような大規模な寺院になったのは、家康が莫大な寄進をしてから。徳川幕府が、戦陣の拠点に想定したため、がっしりとした門構え、窓のついた土塀、急な石段・石垣などが見られる。木造の門としては世界最大といわれる「三門」、法然上人像を安置した御影堂、そこから大方丈をつなぐ「鴬張りの廊下」で有名。御影堂の東南の屋根廂(ひさし)の梁(はり)には、「左甚五郎の忘れ傘」がある。
◆ウグイスのような色ということでは、「鴬茶」「鴬豆」「鴬餡(あん)」「鴬餅」。
◆取り合わせがよい木と鳥の組み合わせ。「梅に鴬」「柳に燕」「竹に雀」「藤に時鳥(ほととぎす)」。
◆『古今和歌集』から二首。
春来ぬと人はいえども鴬の なかぬかぎりはあらじとぞ思ふ‥‥壬生忠岑(みぶのただみね)
鴬の谷より出る聲(こえ)なくば 春来ることをたれか志らまし‥‥大江千里
◆「鴬鳴かせた事も有る」。若い頃はもてはやされたという意味。これは、梅の台詞(せりふ)で、
「花が咲いていた頃は、ウグイスを呼び寄せ、美しい声で鳴かせいたんだぞ!」
と、過去の栄光を威張っている。
◆「鴬のかいごの中の時鳥(ほととぎす)」。「かいご」は、卵のこと。ホトトギスは、ウグイスの巣に卵を生んで、ウグイスに育てさせる。「托卵(たくらん)」と呼ばれる行為だ。
◆真珠の養殖に使われるアコヤ貝は、ウグイスガイ科の貝だ。
◆中国では、ウグイスの糞が肌の美容に効果があるとされていた。日本にもそのことが伝わり、化粧や洗顔に使われた。と、過去形にするのは誤り。「ウグイスの糞」を化粧品店で売っているのをみたことがある。
◆「ウグイス」は、葬式の隠語としても使われる。泣(鳴)きながら埋め(梅)に行くからだ。なるほど。