★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第百五十段 ●  第4の針


「いいかい。時計の長い針が12のところまできたら寝る時間だからね。わかった?」
 時計を指さして、3歳の息子にそう言い聞かせた。
「わかった」
「この子、本当にわかってんのかしら?」
 と、由希子。
「さあ。『12』っていう数字については、多分わかってないね。でも、時計の針が回っているということは知ってると思うよ」
「そうね。毎日見てるんだからね。」
「『長い針が12のところ』って言うより、『短い針が9のところ』って教えた方がよくない?」
「どうして?」
「だって、短針が9を指しているから9時なんでしょう。いつか時計を読めるようになると言うことを前提に考えたら、その方がいいと思うのだけど……」
「なるほど……」
「あら、あっさりと認めたわね」
「いやいや、反論の材料がすぐに思い浮かばなかっただけなんだ」
「ということは、反論したいのね?」
「したい」
「なら、反論をどうぞ」
「あのさ、昔から思ってたんだけど、アナログ時計の針は短針だけで十分なんだよ」
「どういうこと?」
「目覚まし時計で、ベルを鳴らす時間をセットするだろ」
「私はいつもあなたよりも早く起きてるわよ。しかも、目覚ましなんて使わずに……」
「いやいや、そういう問題じゃなくて……」
「わかってるわよ。目覚まし時計がどうしたの?」
「目覚まし時計で時間をセットするとき、もちろんアナログタイプのものだよ、どうする?」
「時計の後ろのネジを回す」
「するとどうなる?」
「あ、そうか」
「そうそう。アナログタイプの目覚まし時計には、長針・短針・秒針のほかに、ベルを鳴らす時間を示すための『第4の針』があるんだ」
「なんだかかっこいいわね、『第4の針』って。で、その『第4の針』は、それ1本だけで時刻を示すことができるって言いたいのね」
「その通り。だから、アナログ時計では、長針を取り去っても時間を知ることができるんだ。日時計も同じ理屈だね」
「でも、おかしいわね。それじゃあ反論になってないわよ。だから、長針なんて必要ないってことでしょ」
「ところが、長針はちゃんと存在している。なぜだろう?」
「短針だけでも時刻を知ることができるんだけど、『何分』って細かいところまでは読みづらいわね」
「当たりだ。つまり、『○時△分』の『時』を示すのは短針の仕事、『分』を示すのは長針の仕事と分業を図ったわけだ」
「長針の存在意義はわかったけど、それが『長い針が12のところ』って教えた方がいいってことにはならないわ」」
「そうだね。そこでだ、すこし計算してみよう」
「え?」
「短針は1時間に30度回転するんだ」
「そうね」
「1分だと、0.5度しか回転しないんだ」
「それくらいわかるわ」
「これくらいの回転速度だと、短針をじっと見ていても、回っているのかどうか確認できない」
「そうね」
「短針ばかり見つめていて、眠れなくなった人のことを『短針不眠』っていうんだ」
「そんなことはいいから、続きを教えてよ」
「はいはい。ところが長針は、1時間に360度も回転する。これは、1分で5度回るってことだ。12秒で1度動くってことだな。この速度だと、長針を見つめていればその動きを確認することができる」
「そんなことしたことがないわ」
「一度やってごらん。わずかずつだけど動いているのがわかるから」
「ふ〜ん。で、長い針で教えるメリットは?」
「長針で説明すると、『時間は流れているんだなぁ』って実感できるだろ。短針じゃ遅すぎて実感できないよ」
「時間の存在を意識させたかったわけね」
「そういうこと」
「でも、最終的には、『短い針が9のところで、長い針が12のところ』って教えるのがよさそうね。あら、もう9時を過ぎてるわ」
「あれれ、僕らが時間の流れを実感していなかったね」


【メモ】

◆長針を英語でthe long hand。なるほど、あれって「手」なんだ。だから、短針はもちろん、the short hand。秒針は、the second hand。この second と hand がくっついて secondhand になると、「中古品の」という意味になる。「セコハン」という言葉があるが、これは secondhand の略。

◆では、「4」についてすこし。
 日本では、4という数字は嫌われている。西洋では、調和・バランスの象徴とされている数なのだが、日本では「死」に通じるというわけだ。
 パチンコパーラーでも、各台にナンバーが振られているが、4や9のついた番号はとばされてしまっていることが多い。
 さて、このルールに従うと、388番台の次の台に振られている番号はいくつになるか?

  389 ……………「9」はだめ
  390 〜 399……「9」が登場するのでだめ
  400 〜 499……「4」が登場するのでだめ

 だから、答えは500番。

◆「四大財閥」という言葉があった。第二次大戦までの日本の経済を動かしてきた三井・三菱・住友・安田といった財閥のことだ。しかし、戦後になって、「財閥解体」が行われ、これらの財閥は、それぞれの名前を残したいくつかの企業に分割されてしまった。

◆「四天王」というのもある。将軍や大将に仕える4人の優れた人物を指すことが多いが、もともとは仏教の用語で仏法を守る4体の守護神のこと。東を守るのが持国天、南が増長天、西が広目天、そして北が多聞天(毘沙門天)。頭文字だけうまく並べて、「たこじぞう」と覚えている。

◆「ものまね四天王」は、清水アキラ、ビジー・フォー、栗田貫一、コロッケ。

◆鳥取県には、市が4つしかない。鳥取、米子、倉吉、境港。徳島県にも市は4つ。

◆オルコットの『若草物語』に登場する4姉妹の名前。メグ、ジョー、ベス、エィミ。

◆野球では、フォアボールというルールがある。1人の打者に対して、ボールが4つになると1塁が与えられるというやつだ。
 しかし、フォアボールになるまでにはかなりの紆余曲折があった。まず、ストライクとボールが審判によって宣告されるようになったのが、1863年のこと。このときは、21ボールで1塁進塁が与えられた。1876年になって、9ボール。その後、8ボール、7ボールとボールの数が減っていき、1890年にやっと「四球」になった。

◆一方、三振の方は1863年からず〜っと三振のまま。ウソ。途中、1年だけ「四振」だったことがある。

◆ウシの胃は4つあることがよく知られているが、それぞれにきちんと名前が付けられている。
  第1の胃……こぶ胃
  第2の胃……蜂巣胃(ほうそうい)
  第3の胃……重弁胃
  第4の胃……皺胃(しゅうい)
 このうち、胃液が分泌される本来の胃は第4の胃。また、第1・第2の胃を通った食物は、もう一度口に戻され、ゆっくりと噛み砕かれた後、第3・第4の胃へ送られることになる。これが「反芻(はんすう)」と呼ばれるものだ。

◆数学でいう「4色問題」は、
「球面または平面上の地図にかかれた領域を色分けするには、色は4色あれば十分であることを証明せよ」
 という問題。
 実際に地図の色塗りをやってみると,領域の数が多くなっても、また、どんなに領域の配置を複雑にしてもみても、4色で十分で5色以上を必要とする地図が作れない。こんなところから、生まれてきた問題だ。
 地図の領域を色分けするなんてことは、小学校の子どもでもやっていることで、この問題の意味はきっと理解できるだろうが、証明するとなると非常にむずかしく、もう解くことはできないのではないかとまで言われていた。
 しかし、1976年に、アッベルとハーケンが大型コンピュータを使ってこの難問の証明に成功している。彼らは、この地図の色分け問題が結局のところ1936種類の標準的な地図の色分け問題に帰着することを示し、このすべてをコンピュータを使って4色で塗り分けできることを調べたのである。いわば、「虱潰し」的に証明したわけで、
「この証明は、スマートではない!」
 との批判もあったが、ともかく4色問題は解決された。


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