● 第百五十一段 ● ポッポな胸
「鳩胸、鳩時計、鳩麦……。ね、いろいろあるだろ」
と、稲田君が言った。
「そういえば、たくさんあるね。はとバスとか、鳩笛というのもあるよ」
「で、どうして『ハト』なのかが知りたいわけだよ」
「君は変わったことが気になるんだね」
「気にならない?」
「鳩時計とはとバスと鳩笛については気にならないけど、鳩胸と鳩麦はすこし気になるなぁ。なぜ、『ハト』なんだろうね?」
「だろ?」
「ハトで思い出したんだけど、ロンドンのトラファルガー広場にはたくさんのハトがいてね……」
「そんなところまでいかなくても、近くの公園にハトはいるだろうに」
「いやいや、もちろん、ハトが目当てだったんじゃないよ」
「そりゃそうだ」
「そのとき初めて、自分の手にハトを乗せたんだ。あそこのハトは本当に人なつっこいね」
「そんなことはどうでもいいよ。なぜ『ハト』なのか――なんだ」
「じゃあ、僕が、ええと、鳩胸を調べるから、君は鳩麦を調べてよ」
「よしわかった」
ということで、鳩胸を担当することになった。
鳩胸とは何か? オール阪神・巨人の漫才のネタにあるような、叩けばハトの鳴き声が「ポッポー」と出るというような胸ではないことは確かにしても、ハトとの関連は何なのか? まずは、ズバリ、「鳩胸」を調べてみた。
■ 鳩胸 ■
人の胸部が湾曲して前方へ張り出したもの(「広辞苑」岩波書店)
ま、そういうことだ。別のものを調べたら、「変形そのものが治療の対象となることはない(「世界大百科事典」平凡社)」ともあった。要は、胸が前方へ突出……といえばオーバーだが、そういうことだ。しかし、どうして「ハト」なのかには、振れていなかった。これは、「ハト」を調べてみて、鳩胸との関連を見つける以外になさそうだ。
調べてみると、簡単に見つかった。「竜骨突起」というのがそれらしいのだ。鳥類の胸の中央にある大きな突起だ。
鳥は、空を飛ぶ(中には飛ばぬのもいるが……)。翼を羽ばたかせて、空を飛ぶ。翼を動かすための筋肉は「胸筋」と呼ばれ、それがくっついてるのが「竜骨突起」。したがって、空を飛ばない我々にはない。また、ダチョウやキウイ、エミュなどの飛ばない鳥も、竜骨突起といえるものがない。
鳥類の中で、竜骨突起がよく発達しているのが、スズメ目、アマツバメ目、ハト目、キジ目だそうだ。ほら、ハトにぶつかった。ハトはずんぐりむっくりの体つきなので、飛ぶためには強く羽ばたく必要がある。だから、胸肉や竜骨突起が非常によく発達しているのだ。――そんなところからだろう、「鳩胸」というのは。
幾日が過ぎて……。
「……、ということなんだ」
「なるほど、じゃあ、スズメ胸でもキジ胸でもよかったんだ」
「そういうことかな。で、鳩麦の方は?」
「それが、まだ、わからないんだ。ハトがよく食べるからじゃないのかな……」
「おいおい、しっかりしてよ」
「でも、ハト麦茶は飲んだよ」
「ハトの飲み方で?」
「何それ?」
「あとで教えるよ」
【メモ】
◆ペンギンは、海中を「飛んで」いるので、竜骨突起がある。
◆コウモリの仲間には、竜骨突起のようなものを持つものがある。
◆ハトは、古くから人間に飼われていた。神社や公園などでたくさんのドバトを見かけるが、あれは、飼いバトが逃げ出して半野生状態になったもの。ハト害に困っている地域では、ハトに餌を与えないように指導が行われている。
◆マダガスカルのマスカリン諸島に住んでいたハト目の鳥「ドードー」は、17世紀に船人の食料として捕獲され絶滅してしまった。「ドードー」とは、「のろま」という意味。
◆キリスト教では、ハトは霊魂や聖霊の象徴とされている。中でも白いハトは特別で、殉教者の口からは、白いハトが飛び立つと信じられていた。何にでも化けられる魔女も、白いハトだけには化けられないそうな。
◆ハトとオリーブは、古代から平和の象徴とされていたが、特にピカソが描いた1949年のパリ国際平和擁護会議のポスターで、全世界に浸透した。
◆「鳩首協議」。何人かが集まって、顔を寄せ合うようにして、ひそひそと談合することををこういう。
◆会議では眠たくなることもある。眠そうな目をたとえて、「目に鳩がとまる」。
◆日本の内閣総理大臣の中で、動物の名前がつくのは、犬養毅と鳩山一郎の2人だけ。
◆人生において礼儀が大切であるということをある鳥にたとえて、「鳩に三枝の礼あり」という。
◆漢字で「鳩尾」と書く体の部分は、みぞおち(みずおち)。
◆魚雷やミサイルが音波・赤外線を利用し、自動的に目標を追跡することを「ホーミング」という。もともとは、伝書鳩が巣に戻る習性のことだ。
◆沼山峠コース、三平峠コース、鳩待峠コースなどがある、ミズバショウで有名な高原といえば尾瀬ヶ原。
◆宝石のルビーでは、「鳩の血」という意味の「ピジョンブラッド」という色が、最高級とされている。
◆クレー射撃の的となる粘土を焼いた皿も、「ピジョン」。
◆童謡『はとぽっぽ』を作曲したのは、滝廉太郎。作詞したのは女性で、東くめ。このコンビで『お正月』も作られている。
◆日本道路公団の発表によれば、高速道路で「交通事故」にあった鳥類の中で、最も多かったのはハト。
◆イタリアで復活祭のときに作られる、ハトの形をしたお菓子は、「コロンバ」
◆「高松宮賞」「郵政大臣賞」「桜花賞」。これらは、ハトのレース。
◆長寿のお祝いで「ハトのお祝い」とも呼ばれるのは、80歳のお祝い。
◆埼玉県の県鳥は、シラコバト。別名をジュズカケバトともいい、天然記念物にも指定されている。
◆埼玉県の南東部には、鳩ヶ谷市がある。市のほとんどを川口市に囲まれていて、一部だけが東京都の足立区に隣接している。全国有数の人工稠密都市だ。
◆郷土玩具に「鳩車」がある。木・蔓・土などをハトの形に細工し、車を付けて動くようにしたものだ。長野県の野沢温泉産のミツバアケビの蔓で作った鳩車が有名だ。
◆青森県弘前や鹿児島県国分の鳩笛も有名だ。ハトの姿に似せた素焼きの笛だ。世界的には、1860年ごろイタリアのドナティが考案したとされているが、古くからイタリアでは、、カーニバルのときなどに子どもたちが土焼きのホイッスルを吹き鳴らしていたというから、こちらが原型らしい。
◆ハトも温泉に入るのだろうか? 北海道の深川市には、鳩の湯温泉がある。
◆南天の星座に「はと座」がある。この星座は、1679年に新設された星座だ。ノアの箱舟から放たれたハトが、オリーブの小枝をくわえて戻ってきた場面を表している。
◆紐靴の紐を通す穴、テントの紐を通す穴などを「鳩目」という。鳩の目のようだからだ。その穴に付ける環状の金具も「鳩目」と呼ばれる。
◆ハトが水を飲む動作には特徴がある。
他の鳥類は、口に水を含んだあと、頭を上げて飲み込むという動作をするのだが、ハトは、くちばしを水中につけたまま吸い込んで飲む。
だから、ハト麦茶もこのようにして、飲むべき?
◆鳩麦については、仕方ないから、自分で調べてみることにした。