★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第百八十六段 ●  寿司の1貫

 板前さんが目の前で握ってくれて「へぃ、お待ち」と出してくれる寿司もいいが、私は回転寿司も気に入っている。
 その回転寿司でさえ、頻繁に行けるわけではないのだが……。
 回転寿司でも非回転寿司でもたいていの場合、握り寿司は2つまとめて提供される。私は2つペアで「1貫」と呼んでいた。昔からそう呼んでいた。そう呼ぶことに自信があった。
 ところが、回転寿司のお店に置いてある「持ち帰り用の寿司」のチラシをよく見ると、どうも違っている。その店では握り寿司の個数そのものが「貫」のようにとれる書き方がされていた。
 二十代の若い人数名に聞いてみたが、握り寿司は1つを「1貫」というと思っているとのことだった。つまり、うさぎを1羽、2羽と数えるように、「貫」とは握り寿司の数え方だと思っているとのことだった。

 まとめよう。
 握り寿司を前にして、「1貫」というとき、人によって主張が違う。

   「1貫」とは、にぎり寿司1個のことである。
   「1貫」とは、にぎり寿司2個のことである。

 1個か2個かというのは、全然違う。全然違うのに、どうしてこんな「重要」なことで「意味が揺れている」んだろう?
 そこで、私は考えた。きっと現在は、「1貫=2個」から「1貫=1個」に移り変わる過渡期なのであろう。このあたりのことを調べてみようと思った。
 よくよく考えてみれば、「貫」というのは質量の単位である。質量の単位と考えれば、「1貫」の寿司が1個の場合もあるし、2個の場合もあるし……、そういうことが起こったって不思議はない。
 しかし、1貫は 3.75 kg。「1貫」のお寿司は、一人分としては多すぎる!
 これは、握り寿司の歴史と質量の単位「貫」の歴史について調べ、どこかで接点を見つければよいと気がついた。

【メモ】

◆「貫」は「つらぬく」と読む。
 質量の単位である「貫」は、やはり「つらぬく」に関係がある。
 天秤で質量を量るときには、規格の整った分銅がたくさんあると便利である。身近にあるものでは、やはり硬貨だろう。金銭としての値打ちを一定にするためにも、また、信用のためにも、硬貨は均一性が求められる。

◆江戸時代の一文銭1枚の重さは3.75g。このころの一文銭には四角い穴が空いていて、その穴は紐を通して大量に持ち歩くときに利用された。
 一文銭 100 枚を紐に通したものが「百文差し」と呼ばれた。ちょうど100文の買い物をするときには、「百文差し」1本をぽ〜んと渡せばよい。

◆みなさんも想像すればお分かりいただけると思うが、同じ硬貨を100枚数えて、それに紐を通し、ひもから抜けないように頭とおしりを括るという作業はなかなか大変だ。この作業を行うことに対する作業賃がほしいくらいだ。「お代は、100文」だよと言われて、百文差しを簡単に渡すのはなんだか悔しい。
 そこでかどうかはわからないが、当時は実際には96枚で百文の価値があるとされていた。

◆さて、1枚 3.75gの一文銭が 96 枚だったら、 3.75×96=360(g)。
 これだけの重さがある。
 この 360 g という質量、ちょっと記憶に残しておいてください。

◆ちなみに、現在の五円硬貨1枚の質量が3.75gだ。

◆日本には「匁(もんめ)」という質量の単位があって、「1匁=3.75g」だ。
「♪勝っ〜てうれしい花いちもんめ」の「もんめ」が、これ。

◆さて、江戸前の握り寿司が登場した頃の握り寿司は、今よりもずっと大きくかったそうな。1個が 40g くらい。
 9種類のネタをそろえて、一人前の握り寿司ととしていた。そういえば、私が回転寿司に行っても、いつもだいたい9〜10皿でおなかいっぱいになる。
 では、一人前の握り寿司の重さを計算してみよう。

   40×9=360(g)

 握り寿司一人前の重さと「銭差し百文」の重さは、ほぼ同じだったのだ。もちろん、いくら腕のいい寿司職人さんでも、少々の誤差はあると思うが……。

◆そこで、江戸っ子の職人さんがきっとこう言ったのだろう。
「ええい、これからは一人前の寿司セットのことを「百文揃い」って呼ぶことにしよう」
「いや、もっと景気よく「一貫揃い」と呼ぶことにしよう」
 というわけで、本当の一貫のおよそ10分の1の重さしかないのだが、一人前の握り寿司寿司のことを「一貫揃い」というようになった――という説があります(念のため)。
 これは、当時、強烈なコピーだったのだろう。かなりの「誇大広告」だが……。

◆握り寿司9個(約360g)で「1貫」の呼称が定着してくると、今度は握り寿司1個の分量を「1貫」と呼ぶようになった。
 この段階で、本来の重さのほぼ90倍の重さで呼んでいることになる。

◆ここで注意。握り寿司「1貫」とは個数ではなく、あくまでも質量だった。そのはずだった。
 ところが、握り寿司の個数「1個」の「1」と質量の「1貫」の「1」が一致してしまうと「勘違い」が起こりやすくなる。
 たとえば、「1斤(きん)の食パン」というときの「1斤」は、これも質量の単位。
 しかし、「1斤、2斤……」を「食パンの数え方」だと思っている人が多い。これと似た現象が、握り寿司に起こっているわけだ。

◆先にも書いたが、当時の握り寿司は1つおよそ40g。かなり大きめのサイズだ。食べやすくするために、やがてこれを2つに分けて出されるようになった。
「1貫」は質量の単位だから、2つに分けて出されても「1貫」は「1貫」。だから、この段階では、握り寿司は2つで「1貫」と呼ぶべき。

◆ところが、「1貫、2貫……」は握り寿司の「数え方」であるという考え方(勘違い?)が進むと、握り寿司1個を「1貫」という呼び方が登場する。
 尺貫法が廃止されて久しいから、「貫」が質量の単位であることを知っている人がどんどん少なくなってきて、これから先は「握り寿司1個=1貫」の方がどんどん増えてくるだろう。もう止められないと思う。
「2個=1貫」なんだと主張したところで、これ自体、およそ90倍も重さを詐称しているわけだから、説得力がない。

◆握り寿司と「貫」との関係についてのお話は、これにて一貫落着。いや、一件落着。
 もちろん、他の説もある。今回は、私がいちばん納得できる説を紹介している。


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