● 第十二段 ● 3.26光年の秘密!?
星の明るさを表すのに「等級」が使われる。紀元前2世紀、ギリシャのヒッパルコス(BC146〜127ごろ)がこの等級を発明した。彼は肉眼で見える星の中で、最も暗い星のグル−プを6等星、最も明るい星のグル−プを1等星とし、星の明るさを6つの階級に分類した。
1等星と6等星では、その明るさは100倍違う。偶然とはいえ、うまくなっているものだ。1等星と2等星では、約2.5倍違うことになる。
全天で最も明るい星は、おおいぬ座αのシリウスで、−1.5等。次いで、りゅうこつ座αのカノ−プスで−0.7等。3位が、ケンタウルス座αで−0.3等となっている。しかし、これは、見かけの明るさである。
見かけの明るさのことを、「実視等級」という。地球から観測した場合の明るさのことだ。当然、地球に近い星は明るく見えるし、遠い星は暗く見える。これでは星の本当の明るさを表していることにはならない。そこで登場するのが「絶対等級」である。全ての星が、地球から同じ距離にあったら……、と考えるわけである。
先のシリウスであるが、地球からの距離は8.7光年、絶対等級は1.4等となる。地球にもっとも近い恒星である太陽の実視等級は−26.7等。しかし絶対等級となると4.8等。特に明るいというわけではない。以下、見た目とずいぶん異なる星をあげてみよう。実視等級 絶対等級
北極星(こぐま座α) 2.0 −3.2
デネブ(はくちょう座α) 1.3 −7.2
ベテルギウス(オリオン座α) 0.4 −7
リゲル(オリオン座α) 0.1 −7とまあ、ここまではよかったのだが、先日、友人の稲田君に尋ねられた。
「絶対等級っていうのは、星を地球からある一定の距離に置いたときの明るさなのだろうけど、その距離って一体どれくらいなの?」
どうして今まで疑問に思わなかったのだろう。恥ずかしくなる。もちろん、即答できなかったので、お互い調べておくことにした。
こういうのって、必ず基準があるんだろうな。「水の沸騰する温度を100℃とする」って具合に。先の表から考えて、その基準となっている距離は、地球−北極星間の距離よりも短いことがわかる。とすれば、本末転倒であるが、実視等級と絶対等級がさほど変わらない星を見つけ、その星までの距離が分かれば、おおよそではあるが基準となる距離が分かるではないか。実視等級 絶対等級 距離
ポルックス(ふたご座β) 1.1 1.0 35光年
フォ−マルハウト(みなみのうお座α) 1.2 2.0 22光年
つまり、基準距離は、22光年以上35光年以下ということになる。が、悔しいことに、稲田君の方が速かった。どこでどう調べたのか、基準距離は32.6光年だと教えてくれた。
「じゃあ、32.6光年というは、一体何の距離なんだ?」
新たな疑問だ。いくつか候補があがった。
(1) 太陽−地球の距離(天文単位)の倍数
(2) 太陽系の直径の倍数
(3) 目安となる星が決まっていて、その星までの距離。
(1)、(2)は、調べる前にあきらめた。そんな短い距離を基準とするわけがない。しかし、(3)であるならば、先にポルックスまでの距離を調べたときに、見つかっているはずだ。
ふりだしに戻ってしまった。別の候補を探さねば。しかし、「光年」より長い距離の単位ってあるのだろうか。天文畑の人ならすぐわかるのだろうが……。
3日経ってひらめいた。「パ−セク」だ。確か1パ−セクは、1光年より長かったぞ。
■ パ−セク ■
parsec(pc)。年周視差がちょうど1秒である距離をいう。1パ−セクは30.8兆kmで、ほぼ3.26光年。
説明が必要だ。
物を右目だけで見るのと左目だけで見るのとではすこし位置が違って見える。この差が「視差」というものだ。この視差があるからこそ、人間は物を立体的に見ることができるのだが、それを距離を表すのに使おうというのだ。
E1
・地球
S
X星★----------------------●太陽
上の図のように、遠くに恒星Xがあるとする。あなたがこの星を、地球から見るのと太陽から見るのとのでは、すこし位置が違って見える。このときの視差∠E1XSを「年周視差」といい、∠E1XSの大きさがちょうど1秒であるときの恒星Xまでの距離が1パーセクなのだ。(テキストでは、∠E1XSを図示しづらい。想像してね)
むずかしい話はよそう。とにかく、見つかった! つまり、絶対等級の基準である、32.6光年というのは、実はちょうど10パ−セクだったのだ。
でも、どうして10パ−セクなのだろう? う〜ん。そのあたりに明るい星が多かったからかな。
まあいい、もう考えるのはやめにしよう。これでやっと眠りにつける。その前に、夜空を見上げて、偽りの星の明るさを見ることにしよう。
【メモ】
◆ヒッパルコスの時代には、−1.5等星なんてなかった。なんでもかんでも、1等から6等までに分類していた。そんなルーズなことではだめだと、1856年、ポグソン(1829〜1891)が5等の差(たとえば、1等と6等)を100倍と精密化した。
◆しかし、そのために、1等星よりも明るい星については0等星やマイナス1等星という表し方が生まれることとなり、なんだか変なことになってしまっている。
マイナスの等級といっても暗いわけではなく、むしろかなり明るいわけだから、間違いのないように。
◆5等の差で100倍なら、1等の差で何倍になるか。計算してみよう。
「計算なんて必要ない。1等の差は20倍だろ?」
は、甘い。これは勘違いをしている。1等の差が20倍なら、5等の差は、
20×20×20×20×20=3200000(倍)
になってしまう。同じ数を5回かけて100になる数を見つける必要があるのだ。
2×2×2×2×2=32 →かなり足りない
3×3×3×3×3=243 →オーバーしてしまった!
だから、2倍と3倍の間になるのは明らか。中をとって、2.5倍くらいで計算してみよう。
2.5×2.5×2.5×2.5×2.5=97.65625
う〜ん、ちょっと足りない。
◆何のためにコンピュータを持っているだ! コンピュータに100の5乗根を計算させればよいのだ。
(100の5乗値)=100^(1/5)=2.5118864……
1等の差では、約2.512倍になるということだ。
◆太陽から地球までの平均の距離は、1億4960万km。これが1天文単位と呼ばれるもの。記号ではAUで表す。主に太陽系の中の天体間の距離を表すのに用いる。冥王星までの平均の距離は、59.151億km、39.54AU。
「天文単位」という言葉を使えば、パーセクの定義は、「1天文単位が、視角1秒に見える距離」ということになる。これが、3.26光年なのだ。
◆では、1光年ってどれくらいなのか?
正確な光のスピードは、秒速2.99792458×10^8m。だいたい、秒速30万kmと覚えておけばよい。よく、光は1秒間に地球を7回転半するとか言われるが、地球の周囲の長さはだいたい4万kmだから、この考え方でだいたい正しい。
光が1秒間に進む距離(約30万km)が、「1光秒」だ。これを60倍すれば、「1光分」ということになる。さらに「光時」「光日」「光月」なども考えることができる。そして、光が1年間に進む距離が「1光年」だ。これは、9.46×10^12km。太陽と地球との間を31600回往復する距離だ。
気が遠くなるが、これでもパーセクを使って表すと、0.307パーセクにしかならない。宇宙は広い。
◆もし、太陽と地球の間で「お百度参り」をすれば、光のスピードで1日と3時間43分かかることになる。光さんでも大変なんだ。
◆パーセクの「パー」は、%(パーセント percent 百分率)や‰(パーミル permill 千分率)の「パー」ではない。parallax(視差)とsecond(秒)を組み合わせてできた言葉だ。
◆さて、なぜ10パーセクなのか?
地球に最も近い恒星は太陽。太陽は例外として、次に地球に近い恒星は、ケンタウルス座α。この星までの距離は4.3光年ある(ちなみに、絶対等級は4.37)。つまり、実際には、1パーセク以内の距離には太陽以外の恒星はなく、こんな短い(?)距離を基準にすると、ほとんどの恒星の絶対等級がマイナスになってしまう。基準にするには、10パーセクが適当だったというわけだ。
◆ケンタウルス座αまでは4.3光年とうことだが、では、太陽系で太陽からもっとも遠い惑星まではどれくらい離れているのだろう?
「水金地火木土天海冥」
と暗記したせいで、ついつい冥王星がいちばん遠いと思われがちだが、1979年1月23日から1999年3月15日までは、海王星の方が外側を回っていたのだ。
冥王星の軌道は、太陽に最も近いときで約44億4000万km、遠いときで約73億9000万であり、太陽からの距離が極端変化する。このため、「水金地火木土天海冥」の最後の部分が「天冥海」になることがあるのだ。
さて、太陽を出発した光は、冥王星に届くまでにどれくらいの時間がかかるのか?
いちばん近いときで4時間と7分くらい、いちばん遠いときで6時間と51分くらいという計算になる。