● 第二十五段 ● 104番目の元素(改訂版)
1996年、新しい元素が見つかった。
「見つかった」というのは、間違っているかもしれない。新しい元素を作り出すことに成功したという方が正しい。
1996年の2月21日、ドイツ南部のダルムシュタットという所にある重イオン研究センターが、当時、地球上で最も重い112番目の元素を作り出した。この研究センターは、1995年にも、110番目と111番目の元素の合成に成功している。どれも合成できたと思ったら、一瞬で消滅してしまうようなはかない命の元素だ。このときできた元素は、鉄の約5倍の重さ。鉛に亜鉛を超高速で衝突させるという実験を数週間続けて、1個だけできたそうだ。なんだか大変そうだ。この実験が、原子の成り立ちの解明につながるのだから、がんばってもらいたい。
しかし、110番、111番、112番と、順番に合成されているというのが不思議だな。そんなに、うまくは行かないだろう、普通は。
「所長、偶然できました!」
じゃないのだろうな、やっぱり。狙って作っているんだろう。114番目で安定すると分かっていたら、いきなり114番目を作ればいいのに。
「しかし、元素ってそんなにたくさんあったっけ?」
と思った。中学や高校の教科書などに載っている元素の周期律表には、たしか、103番のLr(ローレンシウム)までしかなかったぞ。手持ちの資料が古いのかと、別の資料を見たが、やはり103番までしかない。どうなってるのだろう。どうして、104番目以降を載せないのか。さらに、名前はどうなっているのだ。Yb(イッテルビウム)、Bk(バークリウム)、Cf(カリホルニウム)のように地名にちなんだりしているのか。それとも、Es(アインスタイニウム)、Fm(フェルミニウム)、Md(メンデレビウム)、No(ノーベリウム)のように人名にちなんだりしているのか。とても気になる。
「104番目の元素記号知ってるか?」
と、友人の稲田君に聞いてみた。元素記号は知らなかったが、名前を知ってやがった。
「ウンニルクアジウムっていうんだ」
「ウンニルクアジウム!? 何じゃそりゃ」
「元素記号は知らないけど、確か3文字だったよ」
「元素記号が3文字!?」
ここまで来たら、調べねばなるまい。
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104番目の元素は「ウンニルクアジウム」で正しかった(当時)。元素記号は、アルファベット3文字で表すというのも正しかった。元素の正式に名称が決定していない場合、ラテンあるいはギリシャ語系の数詞を組み合せて名前が付けられているそうだ。
0 nil ニル
1 un ウン
2 bi ビ
3 tri トリ
4 quad クアド
5 pent ペント
6 hex ヘクス
7 sept セプト
8 oct オクト
9 enn エン
これらをつなげて、最後に「ium」を付けて名前のできあがりだ。
たとえば104番元素だと、「1」「0」「4」だから、un+nil+quad+ium で「ウンニルクアジウム」となる。この名前の付け方は、IUPAC(国際純正および応用化学連合)によって定められたものだ。
104 Unq ウンニルクアジウム Unnilquadium
105 Unp ウンニルペンチウム Unnilpentium
106 Unh ウンニルヘキシウム Unnilhexium
107 Uns ウンニルセプチウム Unnilseptium
108 Uno ウンニルオクチウム Unniloctium
109 Une ウンニルエンニウム Unnilennium
ここまではいいとして、110番以降は
110 Uun ウンウンニリウム Ununnilium
111 Uuu ウンウンウニウム Unununium
112 Uub ウンウンビウム Ununbium
となるのかな。なんだか変だから「110番元素」って言った方が楽だな。
【メモ】
◆スウェーデンには、イッテルビー村という村がある。原子番号39番のイットリウム(Y、Yttrium)、65番のテルビウム(Tb、Terbium)、68番エルビウム(Er、Erbium)、70番イッテルビウム(Yb、Ytterbium)の4つの元素名はすべて、ここの地名に由来している。
◆97番のバークリウム(Bk、Berkelium)、98番のカリホルニウム(Cf、Californium)は共に、カリフォルニア大学バークレー校で生成されている。しかしなぁ、カリホルニウムの「ホ」は、どうにかならないのかな? かなり恥ずかしい発音なのだけど……。悲しいけど、これが日本での正式名称なのだそうだ。
◆原子番号99番は、アインスタイニウム(En、Einsteinium)。もちろん、アインシュタインにちなんで名前が付けられたのだが、彼自身は、この元素の発見に関わってはいない。
◆原子番号ちょうど100番は、フェルミウム(Fm、Fermium)。ノーベル物理学賞を受賞しているイタリアの学者フェルミにちなむ。しかし、彼もこの元素の発見には関っていない。En、Fmともに、アメリカが1952年に行なった原爆実験で見つかっている。
◆101番は、メンデレビウム(Md、Mendelevium)。アインスタイニウムにα線をあて生成された。周期律を発見したことでも知られるロシアの科学者、メンデレーエフにちなんでいるが、彼が発見したわけではない。
◆ダイナマイトの発明で知られるスウェーデンの化学者ノーベルにちなんで名付けられたのが、102番のノーベリウム(No、Nobelium)。半減期は、約3分20秒。
◆半減期というのは、放射性原子核などの原子数が崩壊によって半分に減少するまでの時間。核種によって一定でる。ウラン235の半減期は、7.038億年。
◆半減期がもっと短くて、長くても30秒くらいなのが、103番のローレンシウム(Lr、Lawrencium)。加速器(サイクトロン)の発明で知られるアメリカの物理学者、ローレンスにちなむ。
◆1977年のIUPAC総会で、現在の暫定的元素記号として数詞を用いた元素記号が承認されている。
1977年当時、104番以降の元素には、IUPAC公認の慣用名はない。しかし、旧ソ連やアメリカでは、104番以降の元素にも独自に名前をつけようとする動きがあった。
たとえば、104番のウンニルクアジウム。1964年、ソ連が「Ku、クルチャトビウム」と命名。アメリカは1969年、「Rf、ラザフォディウム」と命名。
今では、「Rf、ラザホージウム」で決着。
◆105番のウンニルペンチウム。ソ連は「Ns、ニールスボリウム」、アメリカは「Ha、ハーニウム」と命名。
今では、「Db、ドブニウム」で決着。ロシアのモスクワ州にあるドブナ研究所からこの名が付けられた。
◆106番のウンニルヘキシウム。今では、「Sg、シーボーギウム」で決着。アメリカの物理学者グレン・シーボーグが由来。この名前がつけられたのが1977年。このとき、シーボーグ存命中。こういう例は、シーボーギウムだけだそうだ。
◆107番のウンニルセプチウム。今では、「Bh、ボーリウム」で決着。デンマークの物理学者ニールス・ボーアの名が由来。
◆108番のウンニルオクチウムは、「Hs、ハッシウム」。ドイツのヘッセン州のラテン名だそうだ。
◆109番のウンニルエンニウムは、「Mt、マイトネリウム」。これは、ドイツの物理学者マイトナーにちなんだもの。
◆110番のウンウンニリウムは、「Ds、ダームスタチウム」。これは、ドイツの重イオン研究所のあるダルムシュタット市が由来。
◆111番のウンウンウニウムは、「Rg、レントゲニウム」。ドイツの物理学者ヴィルヘルム・レントゲンが名前の由来。
レントゲンがX線を発見したのが、1895年11月8日。そのおよそ100年後、1994年12月8日にこの元素が発見されたというのが命名の理由。「およそ」でいいのかなぁ。
◆112番のウンウンビウムは、「Cn、コペルニシウム」。これは、もちろん、ポーランドの科学者コペルニクスにちなんだもの。
正式名称が発表されたのが、2010年2月19日だから、記憶に新しいだろう。2月19日は、コペルニクスの誕生日。IUPACもしゃれたことをやってくれる。
◆113番から118番までは正式な名称がまだない。したがって、ウンウントリウム(113元素)とかウンウンオクチウム(118番元素)と呼ばれている。
ちなみに、ウンウンオクチウムの半減期は0.89ミリ秒。
◆『NOと言える日本』の著者は、石原慎太郎と盛田昭夫。これに対抗して、ウッチャンナンチャンの2人は『UNと言える日本』という本を出している。
◆原子番号108番のウンニルオクチウムの元素記号は、Uno。これを見て、カードゲームの「ウノ(UNO)」を思い出したのだけれど、なんと、このゲームに使われるカードの枚数が、108枚。
◆煩悩の数も、108だった。
【参考文献】
・読売新聞 1996.2.22夕刊
・「化学元素百科 化学元素の発見と由来」 岡田 功編 (オーム社)
・「知恵蔵 1996」 朝日新聞社編