● 第四十三段 ● 積もる話、埋もれる話
ある土地に、家が建っている。しかし、そこには誰も住んでいない。不思議なもので、住んでいなくても家はすこしずつ古くなる、汚れてくる。人が住んで管理して、初めて「家」なのだ。
この土地に1年間で、土が1mm積もると仮定する。たった1mmだ。風が吹いたり、雨が降ったりすれば、これくらいなら積もるだろう。もっと積もるかもしれない。ゴミが積もるかもしれない。
10年で、1cmになる。その家に人間が生活していれば、1cmも積もることはないだろうが、無人であればそういうことも起こりそうだ。映画などで見るゴーストタウンは、この状況に近い。
100年では、10cmになる。1000年で、1m。2000年で、2m。だから、トロイ遺跡は、土の中から発見される。外国の話でなくても、長屋王邸跡は、土の中から発見されている。住居を埋めるなんて、ふつうでは考えられないから、埋めたのではなくて、自然に埋まったんだろう。
この考え方でよいのかどうか、あまり自信がないのに、
「じゃあ、その土はどこからくるの?」
と、稲田君は突いてきた。さすがだ。
「山だ。だから、造山運動がなければ、山は低くなるはずだ」
「つまり、低い所の土ほど、山の高い所にあったということだね」
「う〜ん。そういうことになるか」
「逆に、エベレストの頂上に家を構えたら、いつまでも埋まらないということだね。これは、誰かがやるべきだと思うな」
「土には埋まらないけど、雪に埋まるかもしれないよ」【メモ】
◆長屋王の邸宅跡が見つかるきっかけとなったのは、デパートの建設。平城京がすぐ近くにある場所だったので、建設に先立ち発掘調査を行うことになったのだ。
調査が始まったのが1986年、たくさんの木簡が発見されたのは1988年8月30日だった。発見された木簡の総数は、なんと10万点近く。その中に「長屋親王」の名前が書かれたものが見つかったわけだ。その場で、
「あ、『長屋親王』って書いてある!」
と分かるくらいのものだったらしい。1200年ほど経っているのに、墨ってすごいと思う。
◆■ 長屋王 ■
684〜729、奈良時代初期の政治家。天武天皇の孫。藤原不比等の死後、右大臣を経て左大臣となる。天平元年(729年)、謀叛を企てたと密告され、藤原武智麻呂らに邸を囲まれ、妻子とともに自殺。この密告は、藤原氏の陰謀といわれている。彼の邸跡は、1988年発掘された。
◆「長屋親王」と書かれていた木簡は、長屋王の家に届けられた10束のアワビに付けられていた札だと推定されている。
◆そのデパート。「そごう」っていうデパートだったのだけど、経営が不振だったのか、いつの間にか、「閉店」となってしまった。
建物は「遺跡」になっちゃうのかなと思っていたら、イトーヨーカードーとして、リニューアルオープンされた。よく買い物に行っている。
◆遺跡を埋めてしまう砂は、大陸から風で飛ばされてくるという説が有力だ。春先の黄砂現象は、よく知られている。
◆しかし、1年で1mm積もるというペースは、かなり速いらしい。関東ロームの堆積速度は、1万年で平均1mくらい。1年間にすれば、0.1mmくらい。これだって、日本では速い方なのだ。
◆にもかかわらず、遺跡は埋まっている。土台や礎石、溝などは、もともと地面を掘って作ったものだから、埋まりやすいのは当然なのだが……。
◆遺跡が埋まってしまうのには、他の原因も考えられる。火山の噴火による火山灰の堆積、洪水などによる土砂の堆積といった、自然の力によるものが多い。もちろん、人間の手で埋めてしまったという場合もある。長屋王の場合は、事情が事情だけに埋められたのかもしれないな。
◆ミミズの糞が原因という説もある。
ミミズは、腐植土に棲み、食べた土を排泄しているのだが、ミミズが1年間に排泄する土量は、1エーカー(約40a)あたり約10t。これを平らにすると、厚さは約5.6mm。1000年で、5.6mにもなる。
◆トロイは、現在のトルコ共和国にある。1871年、ここでトロイ遺跡を発見したのは、ドイツの考古学者シュリーマン。彼の死後は、協力者であったデルブフェルト(1853〜1940)が発掘調査をする。トロイ遺跡は、9層の文化層よりなり、第7層がホメロス(生没年未詳)の『イリアス』の舞台に相当する。
■ シュリーマン ■
1822〜1890、ドイツの考古学者。少年時代、ホメロスの物語の中のトロイの都の実在を信じ、その発掘を決意する。しかし、彼の前半生は、発掘のための富を蓄財することに費やされる。中学を出た彼は、小僧、徒弟、下級役員、商社の社員などの職に就き、苦労しながらも少年時の夢を持ち続け、十数カ国語をマスターする。ロシアで成功し、富を得た彼は仕事の現場から身を退き、発掘作業に没入する。1871、78、82、90年の4回の発掘で、宮殿、城壁、財宝を多く発見し、多くの著書によってそれを紹介した。
◆ある宴に黄金のリンゴが投げ込まれた。リンゴには、こう書かれてあった。
「いちばん美しい女神へ」
3人の女神がしゃしゃり出て、自分こそがそのリンゴをもらうのだと主張した。困り果てた大神ゼウスは、羊飼いの少年パリスに判断を委ねた。パリスは、3人の女神の中から、美の神アフロディーテに黄金のリンゴを与えた。
「お礼に、世界一の美女をあなたに与えましょう」
当時の世界一の美女は、ギリシャのスパルタの王メネラウスの妃、ヘレネだった。パリスはアフロディーテの援助でヘレネを誘惑し、多くの財宝とともに、船で彼の国トロイへと連れ去った。
怒ったメネラウスは、彼の兄でミケーネの王であるアガメムノンと相談。ギリシャ中の王や勇士に助けを求め、大軍をトロイに向けた。総大将は、アガメムノン。最も武勇に優れた英雄がアキレウス。
とまあ、これが10年間に渡るトロイ戦争の発端。
◆このトロイ戦争に終止符を打った作戦が、有名な「トロイの木馬」作戦。この奸計を考えついたギリシャ側の英雄が、オデュッセウス。ホメロスのもう一つの名作『オデュッセイア』の主人公だ。
◆美女ヘレネは、ゼウスが白鳥に姿を変えて、スパルタの王妃レダに生ませた卵から誕生した。
◆神戸の夜景を見下ろせる山、六甲山。神功皇后が西征帰還後に、山頂に六つの兜を埋めたという伝説からその名がついたといわれるが、逆に、この地に「六甲」の名前がついてから生じた伝説かもしれない。
◆JRの大阪駅がある土地を、大阪の人は「梅田」と読んでいる。この土地で「大阪」を名乗っているのはJRだけで、阪神電車、阪急電車、地下鉄とも、駅名には「梅田」を使っている。大阪「キタ」の中心地といえば、梅田なのだ。
このあたりは、今でこそ一大繁華街だが、江戸時代は淀川の三角州にあたる下原と呼ばれた低湿地だった。ここを埋め立てたので「埋田」。これを感じのいい文字を使って「梅田」となったといわれている。
◆地層に埋没して炭化した樹木を、「埋もれ木」という。仙台地方では、観光用の細工物に利用している。
◆大相撲の土俵には、塩、スルメ、コンブ、米などが埋められている。これは、相撲界の昔からのしきたりでそうなっている。
そもそも、土俵の大きさからして変だ。大相撲で使われるの土俵の直径は4.55m。どうしてこんな中途半端な長さなのかとずっと思っていたのだが、あることに気がついて計算してみたら、きれいな長さに換算された。
あることというのは、尺。1尺は、30.303cmなので、土俵の直径は15尺ということになる。すっきりした。
ちなみに現在の大きさの土俵が使われだしたのは、1931年のこと。だから、わりと最近のしきたりだ。
◆歯茎にも昔からのしきたりで、乳歯と永久歯しか埋められないことになっている。歯の歯茎に埋まっている部分は「歯根」、歯茎から出ている部分は「歯冠」と呼ばれる。
◆梶井基次郎は、彼の詩『桜の木の下には』の中で、「桜の木の下には」死体が埋まっていると書いている。
◆イタリアの古代都市ポンペイは、紀元前79年、べスビオ火山の噴火で埋没した。
◆よく分れた枝に、たくさんの小花をつけるものを総称して「フィラフラワー」という。
「フィラ」とは、「隙間を埋めるもの」という意味。花屋で花束を頼むと、ボリュームをつけるためにカスミソウやレースフラワーを多用するが、あれがフィラフラワー。
◆あなたが喫茶店に入ったとします。席はほとんど空いています。さて、どこに座りますか?
こんな場合、端から、あるいは奥の方の席から埋まっていくことが多いそうだ。このような人間が最も安心感が得られるくぼんだ場所、奥まった位置などを「アルコーブ空間」というそうだ。がらがらの電車や公衆トイレでもよく起きる現象だな。