● 第四十四段 ● 放物線を描く
第二十三段で、自由落下や放物線について述べた。あのとき、お手玉をしながら、
「どうしてかな?」
と、ぼそっとつぶやいたら、稲田君が話に乗ってきた。
「どうしてって、何が?」
「どうして、物を投げたら、放物線を描くのかなと思って」
「よし、僕が解明してやろう」
あれから、5ヶ月が過ぎた。こっちとしては、疑問を持ったことも既に忘れていたのだが、そんなことにはおかまいなしに、彼は説明を始めた。
「それほどむずかしくはなかったよ」
と言っていたが、説明を聞いているうちに、なぜ5ヶ月もかかったのか分かってきた。ここからの彼の説明はややこしいので、読み飛ばしてもらった方がいいかもしれない。
読み飛ばした方がいいと言いながら、では、なぜ、こうやってまとめているかというと、それは「感動した」からだ。
y
| _
| / \
| / \
| / \ vy v
| / ヽ | /
| / ヽ | /
| / ヽ | /
|/α ヽ |/α 0°<∠α<90°
+―――――――――――――x +――vx
O
水平方向にx軸、鉛直方向にy軸をとる。原点Oから、水平方向に∠αをなす方向に速さvで、質点Pを投げたときのPの運動について調べるよ」
「のっけからなんだかむずかしいね。で、『質点』って何?」
「投げる物はこの際、リンゴでも、ボールでも何でもいい。だから、力学では、質量と位置を持つ仮想の点を考えるんだ。それが、質点」
「ふ〜ん。先が心配だな」
「Pの質量の大小にかかわらず、t秒後の速度は次のようになる」
と、稲田君は、紙に式を書いた。
x軸方向の速度‥‥vx=vcosα
y軸方向の速度‥‥vy=−gt+vsinα
「それなら、分かる。高校時代に物理でやった。gは、重力加速度だね」
「その通り。位置を求めるためには、それぞれを積分すればよい」
「積分! 積分なんて、もう忘れてるかもしれない」
「大丈夫だと思うよ」
x=vcosα・t+C1 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥(1)
1 2
y=−――gt +vsinα・t+C2 ‥‥・(2)
2
「C1、C2って何?」
「積分定数さ。t=0 のときのPの位置は原点なので、実際は、C1=0、C2=0だ」
「そんなのもあったね。で、一体何をやろうをしているの?」
「だから、放物線であること。つまり、yがxの2次関数であることを、導いてるんじゃないか」
「あ、そうか。すると、まだ途中だね」
「そうだ。次に(1)式をtについて解き、(2)式に代入する」
x
(1)式を変形 t=―――― ‥‥‥‥(3)
vcosα
(3)式を(2)式に代入
g 2
y=−―――――――・x +tanα・x ‥‥‥‥(4)
2 2
2v cos α
「ほらね」
「『ほらね。』って、何が?」
「だから、yがxの2次関数で表されたでしょ」
「う〜ん、確かにね。でもなぁ‥‥」
「さらに、(4)式から、水平方向の到達距離も求められる」
「分かった。y=0を代入するんだね」
(4)式にy=0を代入し、変形。
g 2
―――――――・x =tanα・x
2 2
2v cos α
x≠0なので、さらに式を変形し、
2 2 2
2v cos α v sin2α
x=―――――――・tanα=――――――
g g
2
(2cos α・tanα=sin2α の説明は、【メモ】で。)
「vとgは一定だから、sin2α が最大のとき、到達距離は最長になるんだ」
「45°のときだね。そうすれば、sin2α=1 になるから」
「その通り」
稲田君には、感謝の言葉を述べた。勉強になった。しかし、5ヶ月前の疑問は、疑問というよりは、感動に近いものだったのだ。物を投げるという日常のごく自然な動きが、どうしてこうもうまく数学で表すことができるのか……。
これ以後、彼の物理の講義が増えることとなった。
【メモ】
◆岩田帯は、妊娠5ヶ月の犬の日に安産を願って締める。
◆定点と定直線に至る距離が等しい点の軌跡を「放物線」という。また、この定点を放物線の「焦点」、この定直線を放物線の「準線」という。
たとえば、自分の家の位置を点A、まっすぐな国道を直線lで表す。点A、直線lから等しい距離にある点をたくさんとっていくと、それが放物線を描くことになる。この場合、自分の家が焦点で、国道が準線に当たる。
◆次のことを覚えておこう。
tanα=sinα/cosα
次の2式は、三角関数の加法定理と呼ばれものである。
sin(α±β)=sinα・cosβ±cosα・sinα
_
cos(α±β)=cosα・cosβ+sinα・sinα
これで、本文中の式の変形ができる……はずだ。
◆「ウォーーーーー!」。
やり投げ、砲丸投げ、ハンマー投げ、円盤投げなどの投擲(とうてき)競技の選手は、投げるときに大きな声を出す。声を出して投げた方が、記録が伸びるらしい。なぜだ。
◆本文でも述べたように、物を遠くまで投げようと思ったら、45度の角度で投げるのがよい。45度というのは、日常の認識と一致していて非常に面白い。角度が小さいとすぐに地面に落ちてしまいそうだし、角度が大きいと高さばかりで飛距離が得られない。中を取って、45度。むずかしい計算なんてしなくたって、45度は感覚として求められる。