● 第五十二段 ● いつもの顔で
恥を忍んで、聞いてみた。
「あのさ、満月のときの月って、いつも同じ模様のような気がするのだけれど……」
「そうだよ」
稲田君は、さも当たり前というように答えた。
「どうして?」
「どうしてって、月は、地球にいつも同じ面を向けているんだ」
「満月のときだけ?」
「いや、新月も含めて、いつもだよ」
「じゃあ、新月のときも見えていないだけで、月ではウサギが餅をついているわけ?」
「それは、知らん」
「いつも同じ面を向けているって理論的に変じゃない?」
「いや、理論的にも正しいよ。月が1回自転する時間と1回公転する時間が恐ろしいほどぴったりなんだ。だから、月は地球にいつも同じ面を向けているんだ」
「よく分からんな。月が自転しているなら、たまには違う顔を地球に見せてくれてもよさそうなものだけど。いつも同じ顔を見せているって、おかしいんじゃないの。毎晩だと、ウサギも疲れるし……」
「さっきの説明で全部なんだけどなぁ。ウサギには、同情するけど」
「どうも、腑に落ちん」
「あのさぁ、円形のトラックを走る陸上選手Aと、彼をトラックの中央で見守るコーチBがいるとするでしょ……」
「その陸上選手、ウサギにしてくれない?」
「どうでもいいよ。コーチBは、ウサギAの同じ側しか見ることができないでしょう。これと同じ理屈だね」
「その説明なら、すごくよく分かる。でも、それじゃウサギAは公転してるけど、自転はしてないじゃない。それに、選手の一面しか見てやれないコーチは、どうかと思うよ」
「コーチの力量については知らんが、自転はちゃんとしてるよ。1周公転すれば、ちょうど1周自転していることになる。もし、自転していなければ、コーチBはウサギAの反対側も見ることができるはずだ。でも、そんな走り方はすごく辛いよ。一時的に、背中の方向に走ることになるから」
「おお、素晴らしい。納得できた。つまり、簡単にいうと、自転の周期と公転の周期が同じなんだ。」
「さっきから、そう言っている」
「でも、ウサギがかわいそうだ。毎晩、餅をつき続けないといけない」
「いや、多分、餅をついているのは、望月のときだけだと思うよ」
「うまい!」
【メモ】
◆月の満ち欠けで、満月のことを「望(ぼう)」というのに対し、新月のことを「朔(さく)」という。
◆奈良県の明日香村には、石舞台古墳がある。この「舞台」で、キツネが月夜に舞ったという言い伝えがある。
◆オリンピックの陸上トラック種目で、最も長い距離は10000m。400mのトラックを25周することになる。
◆陸上競技のトラックには、直線部分が2ヶ所ある。片方が、ホームストレッチ。もう一方が、バックストレッチ。
◆「餅は餅屋」。その道のことはやはり専門の者がいちばんであるという意味だ。「海のことは漁師に聞け」というのもある。
◆油揚げの入ったうどんは、「きつねうどん」。餅の入ったうどんは、「力うどん」。
◆「安倍川餅」とは、東海道の安倍川のほとりで売り出されたことからその名がついた。◆時代劇によく登場する「切り餅」。中にはお金が包んであるのだが、「切り餅一つ」といえば、25両のことだ。
◆英語では、「やきもち」を表す目の色は緑。『Green eyed Monster』という曲を歌っているのは、LINDBERG 。
◆人間の血液を取り出し、試験管などに入れておくと、底の方に赤黒い塊が沈む。あれが、血餅(けっぺい)。うわずみは、血清。
◆実際にありえないこと、話がうますぎることを、「木に餅がなる」という。うまい餅ならいいが……。