● 第六十一段 ● 優勝決定戦だ!
2005年、九州場所、朝青龍が史上初の7連覇なるか!? 朝青龍が強すぎる。ダントツに強い力士がいるというのも悪くはないが、見ている分には接戦の方が面白い。
1996年の大相撲九州場所は、5人による優勝決定戦となった。5人というのは、やはり珍しいことで、史上初だそうだ。
横綱……曙
大関……若乃花、武蔵丸、貴ノ浪
関脇……魁皇
3人の優勝決定戦なら、何度か見たことがある。巴(ともえ)戦といって、先に連勝した力士が優勝する。連勝する力士が出るまで、延々と取り組みは続けられる。聞いただけでも大変そうなのに、5人だったらどうするんだと思って、興味を持って観戦した。曙を応援していたのだが、結局は武蔵丸が優勝した。
他人ごとながら、心配した。先に4連勝した力士が優勝する、4連勝する力士が出るまで取り組みは続く……。こんなのだったら、九州場所は来年まで終わらないぞと思った。さすがに、これは杞憂だった。
まず、5人の力士がくじを引く。くじには、「東一」、「東二」、「西一」、「西二」、「○」と書かれている。「○」を引いた力士は不戦勝。まず、「東一」を引いた力士と「西一」を引いた力士が対戦する。次に、「東二」対「西二」。これで、3人の力士に絞られる。
ここからは、何度か見たことのある巴戦。先に紹介したように、連勝する力士が出るまで、優勝は決まらない。しかし、この巴戦について、以前からどうも腑に落ちないことがあったのだ。
たとえば、A、B、Cの3人の力士で、巴戦が行われるとしよう。
取り組み1 A ○−× B
取り組み2 A ○−× C (当然、○‥‥勝、×‥‥負)
このパターンだと、これでAの優勝が決定する。B対Cの対戦は行われていないが、やったところで、Aの2勝には追いつかないのだから、やる必要はない。それくらいは理解できる。でも、何だか不公平を感じてしまうのだ。
理由はこうだ。取り組み1ではBが負けているが、これでBの優勝が消えたわけではない。次の取り組みでAが負ければ、再びBにチャンスが巡って来るからだ。つまり、最初に対戦するAとBは、もし負けたとしても、まだ優勝のチャンスが残っているのだ。
それにひきかえ、Cはどう考えても損だ。取り組み1でAが勝っているので、自分が負ければそれでAの優勝が決まってしまう。つまり、Cは負けることが許されないのだ。最初から崖っぷちの状態だ。
「負けても運がよければ……」と、「負けたらおしまい」というのとでは、明らかな違いがある。これでは、不公平だ。CがA、Bに比べて、とてつもなく強いのなら、大したことはないだろうが、優勝決定戦を行なうくらいだから、実力は伯仲しているはずだ。
杉野君は相撲取りではないが、同様のことに気づいていたそうだ。
「最初の取り組みに出た力士の方が、あとから相撲を取る者よりも、勝つ確率にして14分の1だけ有利だ。」
「どんな計算をするの?」
「ややこしい計算だ。僕も本で読んで知った。計算で確かめようとしたけど、あんまりむかしそうなのでやめた」
14分の1というのは、小数にすると0.07くらい。案外、大きな確率だと思うのだが、みんな気がついていないのかな。
杉野君は、次の日、本のタイトルを教えてくれた。ていねいな人だ。
【メモ】
◆6人による優勝決定戦だったら、まず3組の対戦をして、その勝者で巴戦をやるんだろうな。
◆巴というのは、弓具の鞆(とも)の形のようにうずを巻いた形をいう。で、「鞆」というのは、弓を引くときに、左の肘につける丸い皮製の道具。
◆広島県福山市の南部に、鞆の浦という景勝地がある。鞆港は、瀬戸内海航路の用地として奈良時代から栄えたところだ。地名に「鞆」が入っているので、巴のような地形なのかなと、地図で確認したが、そうは思えない。
◆巴は、紋所にもよく用いられている。二つ巴、三つ巴などはよく見たことがあるのだが、九つ巴まであるそうだ。目が回ってしまいそうだ。
◆さらに、尾の回転する方向で分類される。尾が右に回っているものを「右巴」、左に回っているものを「左巴」という。昔は、頭が右に回っているものを「右巴」と呼んでいたらしいが、室町中期から、呼び方が逆転した。
◆「トモエガ」という蛾がいる。羽に、一つ巴形の斑紋がある。左右の羽で、巴の尾の回転方向が違っているのが見事だ。幼虫は、ネムの葉を食べる。
◆相手の体を前方に崩しながら、自分はあおむけに倒れ、自分の上になった相手のおなかの辺りに片足をあて、相手を頭越しに投げる。その姿が巴のようなので、「巴投げ」。
◆巴御前は、源義仲の妾。生没の年は未詳。武勇に優れ、義仲の武将として戦功を立てた。義仲は、寿永3年(1184)、源範頼・義経に攻められて山城国宇治川で敗れ、近江国粟津で敗死する。巴御前はその後尼となり、越後に移り住んだという。
◆「巴旦杏(はたんきょう)」といったら、アーモンドの漢名。和名では、「扁桃(へんとう)」。
◆「巴里」と書いて、「パリ」。言わずと知れた、フランスの首都。映画『翼よ、あれが巴里の灯だ!』はビリー・ワイルダーの監督作品。
◆相撲取草とは、スミレのこと。どうしてかな。
【参考文献】
・マンホールのふたはなぜ丸い? 中村義作 日本経済新聞社