★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第六十二段 ●  押し入れのキャンドル

 押し入れは一種のミステリーゾーンだ。自分がそこに片付けたのだから、それ以外のものが出てくるはずはないのだが、人間の記憶はかなり曖昧で、いい加減なので、たまに押し入れの整理などをしていると、
「なぜ、これがここに? ヤバイ。」
ということもある。
 先日も何気なく押し入れを覗いていると、細長い箱が出てきた。
「何だったけ、これは……。そうだ、ろうそくだ。」
 結婚披露宴のキャンドルサービスのときに使ったメインキャンドルだ。こんなもの、まだあったんだ。記憶をたどってみたが、どんなろうそくだったのかよく思い出せない。思い出せないのなら、箱から出せばいいのだが、その前に別の疑問が湧いてきた。

ろうそく」って、何だ。ろうで作ったのだから、「ろうそく」の「ろう」は、理解できる。じゃあ、「そく」って何だ。
 そこで、箱を開ける前に、辞書を開いてみた。「ろうそく」は、「蝋燭」と書く。むずかしい字だな。でも、わかった。「燭(しょく)」か。「燭台」、「華燭」の「燭」だ。「ろうで作ったともしび」ってことだ。納得。
 じゃあ、「蝋」はどうして虫偏なんだろう。これも化学的に調べるよりは、漢字を調べた方がいいだろう。漢和事典で調べたら、「みつろう、みつばちの巣からとった脂肪のかたまり」とある。
 納得いったところで、箱を開いてみた。
 でかい。長い。太い。長さ58cm。上部の周囲20cm、下部の周囲28cm。
 上から順に「1」から「25」までの数字が書いてある。そうそう、毎年の結婚記念日にこのろうそくに火を灯すのだ。そして、次の数字になるまで燃やしてしまうのが、世間のしきたりになっているらしい。だから、このろうそくは、25年目の銀婚式まで使うことができるというお買得品だ。
 だったら、「25」はともかく、「1」の数字が残っているのはおかしいじゃないか、と指摘を受けるかもしれない。初めての結婚記念日くらい、キャンドルに火を灯さなかったのか、1年で愛は冷めてしまったのかと。
 いや、そうではないのだ。最初の結婚記念日くらいは、ちゃんと火をつけたのだ。しかし、ろうそくがなかなか短くならなかったのだ。火をつけてしばらくは、
「きれいね」
「きれいだね」
と、鑑賞もしていられるが、次第に飽きてくる。2時間燃やしても、3時間燃やしても、ほとんど短くならない。代わりに気が短くなってしまいそうだ。 記念日なんだからと、せめて「1」の数字が見えなくなるまでと思うが、ぜんぜんダメ。
 途中で火を消すことは、こういう場合、何だかとっても気が引けるのだが、一日中つけたままにするわけにもいかない。
「これは、二人の愛が消えたためではない。このろうそくの短くなるスピード
が異常に遅いのだ。この場合の消火は、回避しがたいものである。」
と、お互いに確認を取って、ふっと吹いた。この「ふっ」には、かなり勇気が必要なんだぞ。
 次の年からは、この勇気を出す必要がないように、ろうそくも出さないでいる。


【メモ】

◆一体、ろうそくが短くなるスピードというのは、何で決まるのだろう。ろうそくの太さか、芯の太さか、はたまたろうの材質か。芯の長さってのも、関係するのかな。

◆ろうそくの芯も、燃えているんだろうな。芯だけを残して燃え尽きたろうそくなんて、見たことがないから。

◆いやいや、和ろうそくだと、芯が残るぞ。だから、「芯切り(鋏)」という道具で、残った芯を切ることになる。
 燃えが悪くなって暗くなっていたろうそくも、芯切りをするとポッとまた明るくなる。

◆ろうそくの炎は、内側から炎心、内炎、外炎の3つの部分で構成されている。最も明るいのは、内炎。

◆ハゼノキの果実の中果皮の脂肪が、木蝋。かつては、ポマード、クレヨン、ろうそくなどの原料とされた。

◆石油からとれる、白色で半透明の、ろうのような固体。これが、
パラフィン。パラフィンを表面に塗るか、しみ込ませるかした紙が、パラフィン紙。湿気を防止するための紙だ。

◆イボタノキというモクセイ科の落葉低木がある。この木に、
イボタロウカイガラムシというのが寄生して、樹皮上に駐塊(イボタ駐)を生じる。これは、昔から障子やふすまの敷居に塗って滑りをよくするのに用いられた。イボタロウカイガラムシの「ロウ」とは、「蝋」なのだ。
 本来の「蝋」とは、このことだという説もある。だから、虫へんなのかな?

◆1885年にアメリカのグラハム・ベルらが、グラフォフォンと呼ばれる畜音機を開発した。蝋を塗った円筒に音の溝を刻み込んで録音した。だから、この円筒を蝋管という。

◆『赤い蝋燭と人魚』、『薔薇と巫女』などの作品で知られる小説家・童話作家は、
小川未明

◆小川未明は、「おがわみめい」と読まれることが多いが、「おがわびめい」が正しいそうだ。「みめい」が人口に膾炙されているので、そっちの方が通りはいいだろうけど……。

◆イギリスの物理学者に
ファラデー(1791〜1868)がいる。1833年に提出されたファラデーの法則(電気分解の際に電極系に流れた電気量(電流×時間)と、気分解によって生じた化学変化の量との間の定量的な関係を表す法則)が有名だ。
 彼の講演をまとめたものに、『ろうそくの科学』がある。今でも岩波文庫にあるのではないかな。やさしい科学啓蒙書として面白く読める。

◆染色法で、蝋を使って染め上げるのは「
ろうけつ染め」。染まってほしくない所を、蝋や樹脂で防ぐ。ただ、蝋はひび割れするので、ひびが入ったような模様ができてしまう。それが変化に富んだ模様を生み出すことになる。

◆翼を蝋で固めたことで知られているのは、ギリシャ神話の
イカロス。彼は、工匠ダイダロスの息子。父とともに迷宮に幽閉されたが、父の発明の翼をつけて脱出。しかし、あまりに高く飛んだため、太陽の熱で蝋が溶けてしまい、海に墜落死してしまった。

◆ロンドンの観光名所に、
マダム・タッソーの蝋人形館がある。映画スターや政治家など著名人の蝋人形があることで有名だ。動いていないから人形だと分かるが、そうでなかったら、絶対に間違えてしまう。日本人でただ一人飾られている政治家は、吉田茂。あ、千代の富士もいたかな。
 でも、この二人は、人形だとすぐにわかる。

◆「蝋を噛(は)む様」といえば、文章などがつまらないことのたとえ。味がなくて、まずいことをいう。
 え? この文章が蝋を噛む様だって? そんなぁ……。


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