● 第六十七段 ● 六十三の目
さいころというのは、向かい合う面の目の和が7になるようになっている。この規則は、とても美しいと思う。
小さい頃、友人と双六をよくやった。自分だけ6の目がよく出るように、専用のさいころを作ったことがある。何のことはない。1の面の内側に、重りをつければいいだけだ。あまりに不自然な転がり方をするので、すぐにばれた。もうすこしうまくやる必要があった。
「スゴロクって何?」
という、子どもがいる。そんな子どもでも、さいころは知っている。しかし、テレビゲームの画面上でしか振ったことがないのだろう、「相対する面の目の和が7になる」ことを知らない子どもが多い。気を利かせて教えてあげても、
「あっ、本当だ。すご〜い!」
と喜んでくれるのは半分。残りの半分は、
「へぇ〜、そうなの。」
とくる。さみしい。
杉野君に教えてもらった手品は、やはりさいころを使用するのだが、重りつきのさいころよりはずっと高尚だ。タネなんてないに等しい。落ち着いて考えたら、すぐに理屈は分かるのだが、彼が初めて目の前で演じてくれたときには、声を出して驚いた。ここに紹介しておこう。
マジシャンは、客に背を向けた状態で、
「3個のさいころを振ってください。」
という。ここでは仮に、1、3、6の目が出たとする。続けて、マジシャンが言う。
「3個のさいころの目を合計してください。答えは言わないでくださいね」
「できましたよ(合計は10だな)」
「では、3個のうちの1個、どのさいころでもいいですから、その裏の目の数を先の合計に足してください」
「はいはい(じゃあ、3の裏の4を足そう。14になったぞ)」
「次にそのさいころを振って、出た目をさらに足してください」
「えっ、振るんですか」
客は、言われた通りにさいころを振る。2が出たとしよう。だから、合計は16だ。ここで初めて、マジシャンは客の方を向く。
「3個のさいころのうち、どれを選んだのか、私に分かるわけがないですね。しかし……」
と、テーブルの上の3個のさいころを手に取り、再び転がす。それを見ながら、
「あなたがさっき計算した合計が分かりましたよ。16ですね」
「おおっ!」
新年会や忘年会のちょっとした出し物にいかが。
【メモ】
◆種あかし。
マジシャンが客の方を向いたとき、テーブルにあるさいころの目の和をすばやく計算する。この場面では、1、2、6だから、合計は9だ。これに7を足したものが、客が計算した最終の合計になる。マジシャンが再び3個のさいころを振るのは、単なるカモフラージュ。なぜ7を足すのかくらいは、自分で考えること。
◆1の目を天、6の目を地とする。そうすれば、2、3、4、5は、それぞれ西、南、北、東を指すことになる。これが普通のさいころ。
◆さいころには、オスとメスとの区別がある。3、4の位置が異なっているだけだ(2、5の位置が異なると言ってもいいのだけど)。
◆さいころの目を全部足すと、21になる。全部かけると、720。
◆1の目だけ、どうして赤いのだろう。 →こちら
◆野菜の切り方に、さいの目切りがある。これは普通、あられ切りよりは大きい。さいころステーキというのもあるな。
◆さいころは、英語で「dice」。しかし、これは複数形。さいころは2個以上を1組にして振るのが普通なので、単数形はで使われるのはまれだ――と辞書にあった。1個でも振るだろう、と思う。
ちなみに単数形は「die」。
◆「賽は投げられた」は、カエサルが言ったとされる。英語では、「The die is cast.」。「The dice is cast.」と載っている辞書もある。dice は複数だから、is を使うのは、文法的には間違っている。が、慣用として、そう言うのだろう。本当はいくつのさいころを投げたのか。カエサルに聞くしかない。
◆1086年、院政を開始したのは、白河上皇。堀河天皇の父という立場で、専制的な政治をおこなった。しかし、彼をしても自分の思い通りにならなかったものが3つある。これを、「天下の三不如意」という。それは、鴨川の水、双六の賽(さい)と山法師。
「鴨川の水」というのは、当時鴨川が氾濫を繰り返していたことを指す。氾濫が大変だというより、その後の疫病の発生が手に負えない。死者が多数出る。だから、平安京では、疫病を鎮めるための祭りが頻繁に行われていた。その一つが、祇園祭。
「双六の賽」は、平安京でバクチが流行していたことを示している。
「山法師」とは、比叡山延暦寺の僧兵のこと。当時「山」といえば、比叡山のこと。
◆「思う壷」の壷は、中にさいころを入れて振るための壷。さいころの目が思った通りに出ることをいう。
◆壷を振って開けてみたら、さいころが積み重なっているというシーンを、テレビや映画で見たことがある。何度も練習したが、できなかった。
◆現在、双六といえば、ふりだしからあがりまで駒を進めるゲームだと思われているが、別のタイプの「双六」もあった。もともとは、こっちが本家。本家双六では、2個のさいころを使うのが普通。6のぞろ目が最も強いというルールがあったので、「双六」。誰か、本家双六のルールを詳しく知らないだろうか。