★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第七十四段 ●  喉が渇いたら……

 春だったか、夏だったか、調べればわかるのだが、すぐには思い出せない。一人、車で静岡県を走っていた。眠くなったら、邪魔にならないようなところに駐車して、少し眠る。そんな旅をしていた。そんな旅が好きだった。今はあまりできなくなってしまった。
 朝になったら太陽が昇る。それが見たくて、夜中の2時ごろ、御前崎(おまえざき)に車を止めた。
 寝坊した。日の出は見ることができなかった。本当なら、まだまだ眠っているはずだったのに目が覚めたのは、周りがなんだか騒がしかったからだ。
 6時半だった。子どもたちがたくさん集まっていた。
「こんな早くに何だろう? ラジオ体操か?」
 日の出を逃したかわりに何かを見たくて、そこへ行ってみた。子どもが本当にたくさんいて、驚いた。人間の子どもではない。ウミガメの赤ちゃんだ。バケツの中に、うじゃうじゃいた。
「そうか、ウミガメの赤ちゃんを放流するんだ!」
 これは、いい場面に遭遇した。日の出なんかよりずっといい。
 せっかくだから、さわってみたい。放流してみたい。バケツを運んできたおじさんがどういう人なのかまったく分からなかったのだが、お願いしてみた。どこの馬の骨だかわからない旅行者であるにもかかわらず、おじさんは快くOKしてくれた。
 甲羅の長さは、5〜6cmくらいだったかな。指でつまむと足をバタバタさせる。砂浜に置くと、さっそくそのちっちゃな足で、海へと向かっていく。その様子が本当にかわいい。やがて、波がやって来て赤ちゃんをさらっていく。
 小学生たちもキャーキャーいいながら、ウミガメの赤ちゃんをつかんでいた。中には、つかんだとたんにカメを投げてしまう子どももいたが、カメは無事だった。
 赤ちゃんガメの旅立ちを飽きずに見ていた。うまく波に乗れなくて、ひっくり返っているのもいるが、次の波がやってきたら、ちゃんと海へと消えていた。
 静岡から自宅へ帰る途中、心配になってきたことがあった。彼らがちゃんと大きくなれるのかとか、魚に食べられてしまわないかとか、そんなことではない。水の補給のことだ。
 ウミガメは、ずっと海を泳ぐわけだから、水分の補給は海水を飲むしか仕方がない。あんな塩っ辛い水を飲んで大丈夫なんだろうか? 自宅にたどりついてからすぐ調べてみた。
 結論から先にいうと、大丈夫だった。ウミガメは「塩類腺」と呼ばれる特殊な分泌腺を持っているのだ。ここから海水よりもずっと濃い塩分濃度の液を排出している。ウミガメの場合は、目と鼻の間に1対の塩類腺がある。ウミガメが涙を流しながら卵を生み落とすシーンは有名だが、あの涙は、塩類腺から排出された塩溶液だったのだ。なんだか興ざめしてしまった。
 人間にも塩類腺があれば、海水を飲めるのに……。

【メモ】

◆御前崎は、静岡県の南端、御前崎市にある。駿河湾と遠州灘を分ける岬だ。灯台や測候所がある。

◆海鳥も海水を飲む。だから、塩類腺を持っている。海鳥の場合、塩類腺は目のすぐ上に1対ある。塩分はここから鼻腔に運ばれ、鼻孔から排出される。

◆カメの首の骨は8つある。

◆映画の『ガメラ』は大きな牙を持っているが、自然界に生きるカメには歯がない。

◆爬虫類のワニやウミガメは、孵化するときの温度が大きな要因となって性別が決まる。ある温度以上ならメスで、以下ならオスといった具合だ。

◆カメは、首や手首が6つの穴におさめられてしまうことから「蔵六」と呼ばれることがある。

◆俗に「泥亀」とよばれるカメは、スッポン。漢字で書くと「鼈」。

◆ダーウィンの研究でも有名なガラパゴス諸島の「ガラパゴス」が意味するのは、カメ。200年近くも生きるという、地球上最大の陸亀であるゾウガメがいる。

◆英語でカメを表す単語には、tortoise と turtle がある。tortoise は、特に陸ガメや淡水ガメを指す。turtle は、ウミガメのこと。

◆夜空の88の星座の中に、かめ座はない。

◆「アキレスは前を行く亀に追いつけない」「飛んでいる矢は動いていない」などは、「ゼノンのパラドックス」と呼ばれている。

◆カメの手にそっくりなことから、ズバリ「カメノテ」という名の生物がいる。体長は約7cm。潮間帯の岩礁に固着して群棲している。

◆浦島太郎が助けた亀の正体は、竜宮城の乙姫であった! 

◆亀岡市があるのは、京都府。亀山市があるのは、三重県。

◆宇宙服のようなものを着ていることで有名な遮光器土偶が発掘されたのは、亀ヶ岡遺跡。青森県西津軽郡木造(きづくり)町にある縄文晩期の遺跡だ。

◆日本の年号に「亀」が使われたことがある。
  霊亀(れいき)…… 715〜 717
  神亀(じんき)…… 724〜 729
  宝亀(ほうき)…… 770〜 780
  文亀(ぶんき)……1501〜1504
  元亀(げんき)……1570〜1573

◆中国古来から縁起のよい動物とされているものに「四霊」がある。龍、鳳凰、亀、麒麟(きりん)だ。

◆海面に背びれを出して泳ぐことから「浮亀」の別名を持っているのは、マンボウ。ほかにも「雪なめ」、英語では「オーシャン・サンフィッシュ」と呼ばれる。漢字で書くと「翻車魚」。成長すると全長4mにもなる。

◆アニメ『おぼっちゃまくん』のペットには、ピエール、カトリーヌ、フランソワと名付けられたカメがいる。

◆アルファベットの印刷書体の一つに、「亀の子文字」がある。形が亀の甲羅に似ているところから、そう呼ばれている。

◆経験を重ねること、老練になることを、「甲羅を経る」という。「亀の甲より年の功」ともいう。


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