★雑木話★
ぞうきばなし

トップページへ

前の段へ   ★雑木話★のリストへ   次の段へ


 ・ 第八十三段の一 ・  短くなる鉛筆

「プップ、代表例として、日本という国を調べてみたんだ」
「へぇ、地球には、まだ、国という制度があるんだね」
「地球にある日本という国に生まれて6年を生活した地球人は、小学校に通うことになる。そこでの算数という授業で、初めて系統的に長さの単位について習っているようだ」
「どんなふうに?」
「物の長さを測定する際、彼らの身近な筆記具である鉛筆をつかって、『鉛筆が1本分、鉛筆が2本分……』とやっていたぞ」
「その鉛筆とやらは、どれも同じ長さなの?」
「いや、そうじゃない」
「だったら、彼らは『共通の単位』をまだ持っていないんだね」
「いや、それも違うんだ。実は、この鉛筆という筆記具は、使っているうちに短くなるらしい」
「それは、恐ろしい!」
「だから、長さの単位として使うときには、まだ使っていない鉛筆を用いていたぞ」
「なるほど、彼らも考えますね」
「それだけではない、彼らの持つ『お道具セット』なる箱の中には『数え棒』というものがあって、それを単位に長さをはかることもある。これなら、短くもならないし、長くもならない」
「つまり、地球人が『共通の単位』にしているのは、具体的な「モノ」なんですね」
「いや、正確には、具体的なモノを基本にした単位と言った方がいいかもしれないぞ」
「どういうこと?」
「彼らの歴史についても話さねばなるまい。調査したところによると……」
「さすがだね、ピッピ」
「彼らは、鉛筆や数え棒をいつも携帯しているわけではないのだ。だから、歴史の初期の段階では、いつも身近にあるもの――体を使って、長さを測ろうとしているのだ」
「それは、自然な流れだね」
「指の幅、手の長さ、腕の長さ、足の長さ、歩幅、さまざまなものを単位にしていたようだ」
「しかし、それでは、個人よって長さが微妙に違ってくるんじゃないの?」
「その通り! だから、ある権威が、『こうするぞ!』って、単位を統一するわけだ」
と言いながら、ピッピは、ディスプレイ上に、地球でのさまざまな長さの単位を映し出した。
「なるほど、日本では、尺が使われてるんだ。これは、『指を広げたときの長さ』とあるね」
「しかし、それでもまだ困ったことが起こる」
「国を越えての関係が始まったんだね」
「そうだ。国の中だけでその単位を使っているうちは不都合はないのだが、国を越えての活動が盛んになると、単位が異なることで支障が出てくる」
「単位を一つに決めればいいんだろうけど、きっと、各国でわがままが出るだろうね。『尺をつかえ!』、『いや、フィートを採用しろ』とか……」
「そう。どの国も、国際的に同じ単位を使うことのメリットは、十分にわかっているのだけどね……」
「地球は、そこまでなんだね。星全体での、統一単位はないんだ!」
「そうでもないんだ、プップ。彼らは、どうにか一つにまとめようとはしているんだ」
「わかったぞ。こういうときの解決方法は、大体決まってるんだ。『全く別の第3の案を出して、両者の案を引っ込める』だろ。僕らの星でもそうだったじゃないか」
「当たりだ。日本で使われている大人用の茶碗の直径を単位とするとか、ドイツのソーセージの長さを単位とするとかは、絶対に採用されないね」
「で、結局どうなったの?」
「彼らは、地球そのものを基準にすることを考えたんだ。そうすれば、ある特定の国を特別扱いしていることにならないから」
「そうして生まれたのが、『メートル』だね。ディスプレイに、資料が出てるよ。『北極から赤道までの経線の長さの1000万分の1を1mと決め、この測量をもとに、1mの基準となる白金製の標準器が作られた』だってさ」
「ただね、困ったことに、そうやって決まったメートルなのに、実際の生活の場面になると、使っていない国がたくさんあるんだよ」
「それは、本当に困ったね、ピッピ。そんな状態じゃ、僕らの長さの単位『コノヤロ』が、地球人に受け入れられるとは、到底考えられないよ」
「メートルとコノヤロ以外の第3の単位を見つける『新単位設定委員会』にさえ出席しそうにないしね……」
「彼らのことだから、『そんな面倒な! 地球で暮らす分にゃ、メートルでいいじゃないか!』とか言いますね、絶対」
「だから、せめて、地球人がメートルに統一するまで、地球人とのコンタクトは待とうと思うんだが……どうだろう、プップ」
「しかたないね、ピッピ」
 そういうわけで、今回も、宇宙人と地球人との接触はなかったのであった。

【メモ】

◆鉛筆は短くなると、いつの間にか失ってしまう。どこに行くのだろう?

◆徳川吉宗は、享保の改革の中で、参勤交代を短くしたことがある。1722年から行われた「上げ米」がそれ。これは、財政の窮乏を理由に、大名から米を出させるというもの。そのレートは、石高1万石について100石。大名は、この代償に、参勤交代における江戸滞在期間を半年に短縮された。1731年、財政の状況が回復し、上げ米は廃止され、参勤交代ももとにもどった。

◆金属でメートル原器を作ると、必ず誤差が生ずる。目盛の線の太さや鮮明度、また金属の膨張などがその原因。この誤差を小さくするために、1960年、メートルの定義が変更された。その際に使われたのが、クリプトン86という原子が出すオレンジの光の波長。この方法で1mを決めると、メートル原器に比べて、3桁も精度が上がったそうだ。

◆それでもだめだ、というので、1983年には、光の速さをもとに1mが決められた。光が真空中で299792458分の1秒間に進む距離、それが1mだ。

◆メートル法設立の考えが最初に出されたのは、フランス革命直後の国民議会だが、これは、タレーランの提案によるものだ。だから、「メートル」は、フランス語だ。

◆■ タレーラン ■
1754〜1838。フランス革命期からナポレオン帝政期を通じて活躍したフランスの政治家・外交官。ナポレオン没落後のウィーン会議では、フランスの外相として出席。連合国間の利害の対立を利用し、フランスの国際的地位と利益の保全に成功した。1815年には、一時首相の座についた。豊かな教養と優雅な礼儀作法、巧みな外交手腕によって、外交官の模範ともみなされている。

◆タレーランのアイデアは、議会に承認された。
 作業はイギリスとフランスの協同でことを進められる予定だったがが、イギリスの賛同が得られず、パリの科学学士院に委員会が設けられることになった。

◆世界が納得するような長さの基準とは? 委員会が持っていた長さの基準の案は、次の3つだった。

(1) 地球の北極から赤道までの長さの1000万分の1の長さ
(2) 北緯45度の地点で、周期が1秒になる振り子のひもの長さ
(3) 赤道の長さの4000万分の1の長さ

 (2) は採用されなかった。地球の重力は場所により異なるため、周期が1秒になる振り子のひもの長さも変わってくるからだ。また、長さを定義するために時間を使わなければならないのも不便だ。
 また、(3) も困難だ。赤道の長さを実際に測るとなると、海洋や熱帯地域が多く含まれるため、測量がむずかしい。
 結局、(1)の案が採用された。

◆さっそく、測量が始められた。しかし、実際に北極−赤道間を測量するというのは不可能に近い。
 そこで、フランス北岸の港町ダンケルクから、スペインのバルセロナまでを三角測量で測ることになった。ダンケルクとバルセロナは、パリを通る子午線上の2つの都市で、北極−赤道間の10分の1にあたる。

◆この測量は大変な難事業だった。山岳地帯の測量、フランスと対立していたスペインでの測量……。
 それだけではない。フランス革命が起こったのが1789年ということだから、この測量は不安定な政情の中で行われていたのだ。逮捕されたり、命を落とす者までいた。それでも、ついに、6年かけた測量作業は、1798年6月に終了した。

◆「メートル」が国際的に初めて制定されたのは、1889年の第1回国際度量衡総会。このとき、「国際メートル原器」が作られ、承認された。

◆国際メートル原器は、白金90%、イリジウム10%の合金製。断面はXの字のようなH型をしていて、考案者の名前から「トレスカの断面」と呼ばれている。
 この原器の両端付近には楕円形のマークがあり、その中にそれぞれ3本の平行線が引かれている。0℃のときの中央の目盛りの間隔を1メートルとした。
 このような原器が30本作られたのですが、そのうち、それまでの「メートル」にいちばん近かったのがNo.6の原器で、これが「国際メートル原器」として承認された。

◆国際メートル原器は、パリの郊外のセーブルにある国際度量衡局に保管され、残りの29本はくじ引きでメートル条約加盟国に分けられた。
 日本は、No.22の原器を引き当てた。現在は、経済産業省(旧、通商産業省)の工業技術院計量研究所に保管されている。
 実は、このNo.22の原器は、国際メートル原器よりも、ほんのすこしだけ、0.78マイクロメートル(0.00000078m)だけ短いのだそうだ。

◆酒を飲んで深酔いし、大言を吐くことを、「メートルを上げる」という。

◆遠い将来、地球全体でメートル法を廃止するときが来るだろう。そのときのメートルに対するノスタルジーは、かなりのものがあると思う。だから、尺にこだわるおじいちゃんや、フィートやマイルに固執するアメリカの気持ちは理解できる。


[このページの先頭に戻る]