・ 第八十四段の三 ・ ナウルの人魂
(この段は、第八十四段の二からの続きです)漢字でだと「燐」と書く。原子番号15番、元素記号Pの「リン」だ。
リンの発見は、1669年、ドイツの錬金術師H.ブラントによる。銀から金を作り出そうとする実験の途中で、尿を加熱したときに、リンの分離に成功した。どうして尿を加熱する気になったのかはわからないが、錬金術というのは、きっと、いろんなことをやったのだろう。それにしても、生物試料からの元素の発見したというのは、かなり珍しいことだそうだ。
「墓場で人魂を見た!」
という人がたまにいるが、人魂が本当に存在するとは考えにくい。だから、それはリンが自然発火したのだろうという説がある。が、しかし、これはまず嘘である。
リンは確かにヒトの髪や骨に含まれているので、墓場では存在しやすい元素であるかもしれない。土葬の場合は、特にそうだ。日光にさらされて淡黄色に変色したリンは黄リンと呼ばれ、暗い所で青白い光(燐光)を放つ性質がある。また、白リンは反応性が高く、空気中で50℃を越えると発火するという性質がある。しかし、髪の毛や骨に含まれている程度の量のリンでは、燐光や自然発火の現象が起きるとは到底考えられないのである。
元素記号のPは、英語のphosphorusの頭文字だ。これは、ギリシャ語の「光をもたらすもの(phosphoros)」に由来する。「リン=発光する」という観念が生んだ俗説なんだろうなと思う。
さて、リンの話題から入ったが、本題は別。リンの産地として有名な国、ナウルの話をしたかったのだ。太平洋、ミクロネシア南東にある、サンゴ礁が隆起してできた低平・楕円形の島国だ。人口は、約10000人。国土での面積はわずか21km^2。世界最小の共和国だ。
まずは、簡単にこの国の歴史を。
イギリスの捕鯨船によって、この島が発見されたのは、1798年といわれている。その後、捕鯨船の補給基地とされていたが、1888年にはドイツ領となる。第1次大戦でドイツが敗れたので、1920年には国際連盟の委任統治領となる。第2次大戦中、1942〜45年、日本に占領されたが、1947年に国際連合の共同信託統治領になり、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスによって共同統治された。1968年1月31日、独立を果たす。
この国の産業の特徴は、島の中央部に埋蔵されている良質のリン鉱石。1980年代の中ごろには、年間約160万tのリン鉱石が、おもに化学肥料の原料としてオーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、韓国、日本に輸出されていた。
おかげでこの国の生活水準は非常に高い。所得税なんてものはない。教育、医療、電気はタダ。国民一人あたりの国民総生産も1万ドルを越えている(通貨単位は、オーストラリア・ドル)。
しかし、90年代に入ってからは、リン鉱石の需要がへる傾向にあり、また、島のリン鉱石自体も20世紀中に枯渇するとみられているので、国は観光開発などに力を入れている。
だったら、こんな観光開発はどうだろう。採掘されたリン鉱石を、輸出に回さずに、島のどこか比較的狭い場所に集めるのだ。夜になると、人魂が現れる(かもしれない)――という具合だ。その名も「ナウル人魂パーク」。
ナウル政府は、リン鉱石が完全に無くなってしまわないうちに、計画を実行してほしい。そうじゃないと、ナウルの人魂も、近いうちに枯渇してしまう。
【メモ】
◆ナウルには、軍隊はない。国連にも未加盟だ。また、「反核」の姿勢を強く打ち出している。たとえば、1992年には、ナウルのドウィヨゴ大統領が来日、日本のプルトニウム海上輸送の中止を訴えている。また、1995年には、フランスのムルロア環礁での核実験に、徹底して抗議を表明している。
◆ナウルでの深刻な社会問題は、栄養過多。成人の3分の1が糖尿病だといわれている。
◆『死せる魂』を書いたロシアの小説家はゴーゴリ。『魅せられたる魂』を著わしたフランスの小説家は、ロマン・ロラン。
◆『死せる魂』には、死人の戸籍を利用して金儲けを企む天才的詐欺師チチコフが登場する。
◆ゲーテの戯曲に『ファウスト』がある。無限の知識と現世での享楽を手に入れるために、自分の魂を悪魔に売り渡すという、恐ろしいお話だ。
◆この『ファウスト』の第1部をもとに、フランスの作曲家グノーは、オペラを作っている。また、手塚治虫も『ネオ・ファウスト』を書いているが、未完に終わっている。
◆テレビドラマに、『赤い』シリーズというのがあった。その最終作品が、『赤い魂』だ。ちなみに、第1作は『赤い迷路』。以下、『赤い疑惑』『赤い運命』『赤い衝撃』『赤い激流』『赤い絆』『赤い激突』『赤い嵐』、そして『赤い魂』。
◆生物・無生物を問わず、自然界のすべての物に霊魂が宿るという考え方を、「アニミズム」という。
◆カトリック教会などで歌われる、死者のミサのための楽曲は「レクイエム」。日本語では、「鎮魂曲」と呼ばれる。
◆ネパール中央北部、ヒマラヤ山中に、世界第7位の高峰マナスル(標高8156m)がある。サンスクリット語で「霊魂の土地」という意味がある。1956年、日本隊が世界初の登頂に成功した。
◆プロレスラーのキャッチフレーズで、「燃ゆる闘魂」はアントニオ猪木、「革命戦士」は長州力、「涙のカリスマ」は大仁多厚。
◆「燐」という漢字の右側、つまり、旁(つくり)の「米」は、もともと「炎」と書かれていた。「舛」には「乱れる」という意味があるから、合わせて、乱れ燃える鬼火を表している。
◆「燐」に似た漢字に、「隣・鱗」などがある。旁(つくり)が共通していることがわかる。この部分を「リン」と読むのだが、このように音符としてこの旁が用いられると、「連なりあう」という意味がある。なるほど、「となり」も「うろこ」も連なっている。
◆ある中学校の理科の先生は、生徒が検尿を持ってくるという日に、ぬるま湯を黄色に着色したものを教室に持ち込んだ。立ち昇る湯気もリアルだったが、
「検査が終わったみんなの尿を混ぜてみたんだ」
と、顔をしかめながら言ったその言葉にも説得力があった。もちろん、
「この先生なら、やるかもしれない」
という雰囲気をいつも作っておいたことに、この成功がある。
◆尿らしきものは、丸底フラスコに入れてあった。なるほど、考えたものだ。それを渡された生徒は、手を放すわけにいかない。