★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第九十五段 ●  それでも月は回る

「今年の仲秋の名月は、全然でしたね」
 と、杉野君がやってきた。
 今年の仲秋の名月(1997年9月16日)は、台風の接近でそれどころではなかった。
「名月もそうだけど、月食を見れなかったも残念だったね」
「しかたないから、僕はだんごだけ食べました」
「うちもそうだ」
「ところで、今日は、質問があってきたのです」
「そういう質問は、稲田君にした方がいいと思うよ」
「まだ、何も言ってないじゃないですか! とにかく、聞いてくださいよ」
「はいはい」
 と返事をしたら、さっそく彼は、理科年表のあるページを開けた。
「月の公転周期のことを調べていたら、ここにこんなに書いてあるんです」

   朔望月 29.530589日
   恒星月 27.321662日
   交点月 27.212221日
   分点月 27.321582日
   近点月 27.554550日  [理科年表1997 丸善]

「たくさんあるね。公転って何種類もあるのかな?」
「それが質問なんです」
「どうし4つも5つもあるのかな? 朔望月ってのだか、ずいぶん長くかかってるし、変だね」
「でしょ。やっぱり、稲田さんに聞いた方がいいでしょうかね」
「そう思うよ。でも、あ、そうだ。確か、満月から次の満月までが、だいたい29日半って聞いたことがあるけど……」
「ということは、数字から考えて、朔望月っていうのが、それですね」
「そうだろうね。満月から満月までが、29.530589日ってことか。これは、正解だと思うよ」
「そうか……」
 と言ったあと、杉野君はしばらく黙っていたのだが、突然、
「わかった!」
 と、彼は説明を始めた。主旨は、こういうことだった。

          M3
         /
        E―M2
       /
      /
     /     ↑
    /a
   S―――――E―M1

 今、月がM1の位置にいる。これは、地球から見ると、満月の状態だ。M2は、月が地球の周りをちょうど1周したところ。しかし、月が地球の周りを1周する間に、地球は太陽の周りを公転している。だから、M2にある月は、地球から見ると「満月」ではない。月はきちんと地球の周りを1周したのに、地球人には1周したようには見えないのだ。月が再び満月の状態になるためには、M3の位置まで回転する必要がある。つまり、実際には、1周とすこし回転していることになる。

「おお、杉野君、すごい! 少なくとも2種類の公転を発見したじゃないか!」
「でも、あってるんでしょうかね?」
「計算してみれば? 多分、M1からM3に回転するのにかかる時間が『朔望月』で、M1からM2までが『恒星月』ってやつだと思うよ」
「ということは、あと地球の公転周期が詳しく分かれば、すべて計算できるはずですね……」

 そういうことだ。朔望月をX、恒星月をY、地球の公転周期をTとすれば、YとTからX(=29.530589)を計算で求めることができるはずだ。

 恒星月は、Y=27.321662日。だから、月は1日で、


      360
      ――=13.176358(度)
      Y

公転することになる。

 地球の公転周期は、T=365.2564日。だから、地球は1日で、

      360
      ――=0.985609(度)
      T
公転することになる。


 さて、先の図では、M1からX日後、地球がa°、月は(a+360)°公転することになるから、

    0.985609X+360=13.176358X ……(1)

これを解いて、

    X=29.530589(日)

「おお! できたじゃないか、杉野君! あまりにもぴったり過ぎるよ!」
「本当ですね。中学数学の計算でしたよね」
「うん。でも、なんだか、僕たち、ちょっと……、天文学者みたいだね」


【メモ】

◆(1)式を、文字を使って書き直すと、次のようになる。

    360X    360X
   ―――+360=―――
    Y      T

 両辺を360で割ると、

    X    X
   ――+1=――
    Y    T

 途中を省略して、変形した結果、こうなる。

    1  1   1
   ――=―― − ―― ……(2)
    X  Y   T

  ずいぶん、きれいな式になった。こりゃ、公式だな。

◆月が軌道上で地球に最も近づく点を「近地点」、さらに、月が近地点を通過してから再び近地点を通過するまでの時間を「近点月」と呼んでいる。この値が、27.554550日だ。ややこしいことに、近地点は、月の交点の方向に前進し(近地点の順行)、3232.606日(8.85年)で、軌道を1周する。
 説明を読んだだけではわからないかもしれないが、とにかく先の(2)式に、
   Y=27.321621  T=3232.606
 を代入してXを求めてみた。すると、近点月 27.554550日に近い値が出た。

◆月が黄道(太陽の通り道)の南側から北側に移るときに交わる点を「昇交点」、月が昇交点を通過してから再び昇交点を通過するまでの時間を「交点月」と呼んでいる。この値が、27.212221日だ。で、また、ややこしいことに、昇交点は黄道を太陽の進行方向とは逆に動き(昇交点の逆行)、6793.477日(18.6年)で黄道を1周する。
 これも、よくわからないのだが、とにかく、
   Y=27.321621  T=6793.477
 を、下の式に代入して計算してみる。やはり、交点月 27.212221日に非常に近い値が出た。

    1  1   1
   ――=―― + ―― ……(3)
    X  Y   T

◆(3)式は、よくみると(2)式と少し違っている。これは、昇交点が逆行しているから。だから、公式は、下のように修正するといい。

    1  1   1
   ――=―― ± ―― (順行……−、逆行……+)
    X  Y   T

◆「分点月」というのは、春分点に対する月の交点周期のこと。恒星月よりわずかに小さい値になっているということは、春分点が逆行しているということだ。分点月 27.321582日から、逆算すればわかるが、この周期は100年、1000年の単位ではない。

◆旧暦では、7月から9月が秋で、7月を孟秋(もうしゅう)、8月を仲秋、9月を季秋(きしゅう)と呼んでいた。だから、旧暦8月15日(1997年では9月16日)の月を「仲秋の名月」と呼ぶわけだ。

◆20世紀最後の月食は、1999年7月28日だった。

◆さだまさしの曲に、『天文学者になればよかった』がある。


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