★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第百三段 ●  「シャープ」の「シ」

 長調と短調というのは、聞けばなんとなくわかる。長調は明るい感じがするし、短調は暗い感じがする。それはいい。今回は、話を簡単にするために、すべて長調で考えることにする。
 楽譜の前の方に、b(フラット)や#「#(シャープ)がついてなかったら、ハ長調だ。ピアノでいえば、黒鍵を使わないですむということだ。それなら、ゆっくりで指1本なら、弾けるかもしれない。だが、bや#が登場すると、もうダメだ。黒鍵が出てくる。慣れないので、どの音で黒鍵を使うのかというのがわからないのだ。
「ピアノなんて、そんな理屈っぽく弾くもんじゃないよ」
と言われそうだ。実際そうだろうが、まったく弾けない者にとっては、理論が助けになることもある。すくなくとも、
「楽譜の前にbが1つあったら、ヘ長調だ」
くらいは言えるようになりたい。

 ここですこし解説。音の名前には、2種類ある。音名と階名だ。
 音名というのは、その音につけられた絶対的な名前だ。日本では洋楽の音名として、「ハニホヘトイロ」を使っている。それに対して、相対的な高さを示すのに使われるのが階名「ドレミファソラシ」だ。どの音を「ド」に設定するかは、人の勝手だ。たとえば、「ハ」の音を「ド」と決めればハ長調、「ヘ」の音を「ド」にすればヘ長調というわけ。ハ長調なら、先にも述べたようにb、#はつかないが、「ハ」以外の音を「ド」と定めると黒鍵を使うことになる。つまり、楽譜の頭にbや#が登場する。

「でもね、bや#がついている音を演奏するときにだけ、半音下げたり、上げたりすればいいわけだから、『なんとか長調』なんていう名前なんてどうでもいいんじゃないの?」
と、稲田君は不思議な顔をして言った。
「君、それは、事情がよく飲み込めてないよ。どうせピアノなんて今すぐに弾けるようにはならないんだ。だから、せめて、楽譜を見ただけで、
『あ、これは○○長調だね』
なんて言えるようになりたいんだ。そうすれば、すこしは気持ちが落ち着くんだ」
「どうも、ひねくれてるね。でも、まあいい。楽譜を見て、何長調かわかればいいんだね?」
「そうだよ」
「じゃあ、教えてあげよう」
「えっ! 知ってるの?」
「知ってるもなにも、それほどむずかしいことじゃない。わかればいいんだろ?」
と、彼は解説を始めた。
「じゃあ、まず、bから始めよう。楽譜の最初にbが1つついていたらヘ長調だってのは知ってるんだね?」
「それだけはね」
「十分だ。じつは、楽譜の始めの方にいくつか並んでいるbのうち、いちばん右のbのついている音が『ファ』になるんだ」
「本当?」
「本当さ」
「じゃあ、『ファ・ミ・レ・ド』ってやって、『ド』を見つければ、何長調かわかるんだね」
「そう」
「ということは、bが2つなら……、右端のbは「ホ」のところにあるから、「変ホ」の音が「ファ」だね。つまり……、変ロ長調?」
「その通り!」
「じゃあ、#の場合は?」
「そのときは、いちばん右の#がついている音が『シ』だよ」
「へえ。でも、その『ファ』だの『シ』だのっていうのを、忘れてしまいそうだ」
「『フラット』の『フ』で『ファ』とか、『シャープ』の『シ』とかで覚えたら?」
「それはナチュラルでいい覚え方だね」


【メモ】

◆「ハニホヘトイロハ」を、逆さに言うと「ハロイトヘホニハ」。

◆フラットやシャープの記号の元になったといわれているアルファベットは、「B」。

◆「フラット」は日本語では「変」、「シャープ」は「嬰(えい)」と表す。だから「変ロ」といったら、「フラットのロ」の音のこと。

◆長調、短調を説明するには、半音・全音という音程の単位を知っておく必要がある。
 半音は、音程の最小単位。ピアノでいえば、「ホ」と「ヘ」の音程が半音。間に黒鍵がないのですぐわかる。「ハ」と「ニ」のように、間に黒鍵がある音程が全音。つまり、全音は、半音2つ分の音程だ。

◆長調というのは、第3音と第4音の間、第7音と第8音が半音で、あとは全音の関係になっている音階のこと。長調のことを、「メジャー」ともいう。
短調は、第2音と第3音の間、第5音と第6音が半音で、あとは全音の関係になっている音階のこと。「マイナー」とも呼ばれる。

◆1オクターブ(たとえば、ハから次のハまで)は、12の半音から成り立っている。だから、それぞれの音を主音として、長調・短調合わせて24の調が成立する。

◆しかし実際には、異名同音関係を別として、次のように長調・短調それぞれ15の調が考えられる。
 bも#もついていない調は、ハ長調とイ短調。

 bがついている場合は、次の通り。
   bが1個…… へ長調、 ニ短調
   bが2個……変ロ長調、 ト短調
   bが3個……変ホ長調、 ハ短調
   bが4個……変イ長調、 ヘ短調
   bが5個……変ニ長調、変ロ短調
   bが6個……変ト長調、変ホ短調
   bが7個……変ハ長調、変イ短調

 次に、#がついている場合。
   #が1個…… ト長調、 ホ短調
   #が2個…… ニ長調、 ロ短調
   #が3個…… イ長調、嬰ヘ短調
   #が4個…… ホ長調、嬰ハ短調
   #が5個…… ロ長調、嬰ト短調
   #が6個……嬰ヘ長調、嬰ニ短調
   #が7個……嬰ハ長調、嬰イ短調

 このうち、
  ロ長調 と嬰ハ長調  嬰ヘ長調と変ト長調  嬰ハ長調と変ニ長調
  嬰ト短調と変イ短調  嬰ニ短調と変ホ短調  嬰イ短調と変ロ短調
 は、異名同音の調となる。

◆この動きを鍵盤の上で追っていったら、規則性がなんとなくわかってくる。

◆短調の場合は、いちばん右端のbのある音が「ラ」、#のある音が「レ」。

◆NHKの時報のジャストを知らせる音は、ハ長調の音階のラの音。あの音は、嫌いじゃない。

◆たとえば、陸上競技の100m走のタイムがちょうど11秒で、秒未満の端数がないときに、「11秒フラット」といういい方をする。

◆平べったいカレイやヒラメをまとめて、英語では「flatfish(フラットフィッシュ)」という。

◆6弦のギターの第1弦と第6弦で、音の開きは2オクターブ。

◆チェロは、ビオラより1オクターブ低い音が出る。

◆音階が1オクターブ上がると、振動数はちょうど2倍になる。うまくいきすぎていて、不思議だ。


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