・ 第百十六段の一 ・ 自動販売機の下
以前にも消費税の話をした。3%だった消費税率が、今では5%だ。
初めて消費税というものが導入されたときには、3%の「痛手」にかなりのショックを感じたのだが、5%になったときには以前ほどのショックはなかった。なぜか? もしかしたら、金銭感覚にも第百十六段で紹介した「ウェーバーの法則」が適用できるのかもしれない――そんなことを、すこし考えてみた。
■ ウェーバーの法則 ■
重さや線分の長さ、音の高さなどの感覚の強さの差を感じる最小の値「弁別閾(べんべついき)」(儚)は、もともとの刺激強度(R)が増せば、それに比例して増すという関係がある。この比C(=儚/R、ウェーバー比)は、ある中程度の刺激強度の範囲内で一定である――という法則。税率のアップの度合が3%なら弁別域を越えているが、2%なら弁別閾以下なので、ショックを感じない――のではないかと思えるのだ。
もっと、応用してみよう。
たとえば、自動販売機でジュースを買おうとして、財布からお金が落ちたとする。それも、自動販売機の下に。屈み込んで、手を伸ばせば取れそうに思うが、やってみると、少し届かない。
(1) 1円だったら、自動販売機の下をのぞきもしないな。
(2) 10円ぐらいなら、釣りを取り忘れるときもある。
(3) 100円でもあきらめるよ。手が届かないんだもの。
(4) 500円玉だったら、悩むな〜。
(5) 1000円札だったら、近くで棒を探してでも絶対に取り戻すよ。
さあ、あなたなら、いくらまでならあきらめるか、あきらめられるか? 本気で考えてほしい。
この金額は、その人の収入で変わってくると考えられる。毎月のこづかいが500円の小学生だったら、10円でも必死になって取ろうとするだろう。年収が1億の社長さんなら、1000円札でも未練なくあきらめるかもしれない。しかし、小学生だろうが社長さんだろうが同じ人間。何か一定の比率があると勝手に考えて、ここにウェーバーの法則を適用してみよう。年収1000万円の人なら、100円をあっさりとあきらめるとする。で、「あっさりレート」は、年収の10万分の1に設定してみよう。「あっさり」というところが重要。かなりのショックが残るという割合は、「がっかりレート」。これは、年収の1000分の1くらいかな。年収が1000万円あっても、1万円を失うと少しはがっかりするだろうから……。
この設定だと、「年収」が1万円程度の小学生なら、1円でもがっかりすることになる。う〜ん、今の小学生なら、1円くらい何とも感じないかもしれない。レートをもう少し上げてみようか。まあいい、この設定で進めよう。多分、もともとの刺激強度が1万円というのが、「ある中程度の刺激強度の範囲内」からはずれているのだろう。さて、結局何が言いたかったのかというと、世の中にはすごい人が存在するということだ。
ブルネイという国がある。ここの王様は超お金持ちで、こんなエピソードがある。
何かの手違いで1000万ドルもの大金を見ず知らずの人の口座に振り込んでしまったのだ。一度は返してもらおうかと考えたそうだが、
「こんなはした金は、とるに足らない」
と、あきらめてしまったと言うのだ。まぁ、ちょっとがっかりという程度だろう。「がっかりレート」が1000分の1としたから、彼の年収は100億ドルということか。1ドル=130円で換算すると、1.3兆円!
実際の年収はいくらなんだろう、調べる術(すべ)を持たないけれど……。
【メモ】
◆ブルネイの正式な国名は、ブルネイ・ダルサラーム国。ボルネオ島の北西部にある小国で、マレーシアによって2分されている。面積は三重県とほぼ同じ、5765平方キロメートル。
◆ブルネイの国民総生産は、約40億ドル。だから、国王が100億ドルの年収を持っているとの計算は、やはり間違っている(と推測できる)。
◆いやいや、年収でレートを設定するからおかしくなるのかもしれない。国王が100億ドルの資産を持っているとすれば、うまくいくのかもしれない。
◆ブルネイの国庫収入は、石油、天然ガスからもたらされるものが96%を占め、国王は世界一の富豪として知られている。
◆国王の宮殿には1500を越える部屋があり、国王の部屋には重さが2tにもなるという世界最大のシャンデリアが12個もあるというから、それくらいの資産はあるのかもしれない。また、自家用機は4機はお持ちで、機内には大理石と金でできているバスルームまでであるそうだ。1996年の国王の50歳の誕生日には、マイケル・ジャクソンを呼んでコンサートを開いたというのもよく知られている。
◆日本の今年度(2009年度)の予算は、約88兆5,480億円(一般会計)。「あっさりレート」で計算しても、8億5480万円。
俺が日本を動かしているんだと誤解して、あまりにも簡単に大金を動かしてやいないか。ましてや、自分のものだと曲解して、どうも私物化に近いことをしている雰囲気が感じられる。
◆著書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、キリスト教と資本主義の成立の関連を説いたのも、ウェーバー(Max Weber)。ドイツの社会学者だ。
◆民族性を生かしたドイツ・ロマン派オペラを確立したのもウェーバー(Carl Maria Friedrich Ernst von Weber)。代表作に、オペラ『魔弾の射手』、ピアノ曲『舞踏への勧誘』。
◆現代のモーツァルトとも呼ばれる作曲家もウェーバー(Andrew Lloyd Weber)。『エビータ』『キャッツ』などのミュージカル作品で知られている。
◆「ウェーバーの法則」の発見者であるウェーバーさんは、エルンスト・ハインリッヒ・ウェーバー。ドイツの心理学者・生理学者だ。
◆家の広告ばかりが、新聞に折り込まれている。「新築4500万円」とか書いてあるけど、そんなきっちりと4500万円のはずがあるわけないと考えてしまう。交渉次第では、100万はきつくても、4・5万なら必ず安くなるはずだ。これも、ウェーバーの法則。
【参考文献】
・世界地図の楽しい読み方 ロム・インターナショナル[編] KAWADE夢文庫