★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第百十八段 ●  2つの方向から

 ピザは食べたことがあるが、ピサには行ったことがない。ピサには行ったことがないが、ピサに斜塔があることは知っている。

■ ピサの斜塔 ■
正式には「カンパニーレ鐘楼」と呼ばれるロマネスク様式の鐘塔。白大理石の207本の円柱で囲まれている。建設が始まったのは1174年だったが、基礎が浅すぎたので工事は一事中断、14世紀後半になって完成された。北側の高さが55.22m、南側が54.52mだから、その差は70cm。約10度傾いている。

 1990年1月7日、ピサ市は、安全上問題があるとして、ピサの斜塔の公開を休止した。ま、簡単に言えば、このまま放っておいたら倒れちゃうということだ。斜塔のこれ以上の傾斜を食い止めるため、鋼鉄製のワイヤで固定する工事が施された。長さ100mのワイヤ2本を高さ22mの2階部分に巻き付け、一方の端を地面に固定。同時に、塔の基礎部分を強化する工事も進められた。
 2001年6月16日、10年間にわたる作業が終了し、再び一般公開が始まった。
さあ、今なら、ピサの斜塔に登ることができる。屋上までの螺旋階段は293段もあるそうだから、かなり疲れるだろうな。その上、床はつるつるの大理石、塔は傾いているし、滑ってしまわないか心配だ。で、写真をよ〜く見てみると、斜塔の屋上と8階のテラスには手すりがあるが、そのほかの階には手すりはない。これは、かなり危ないと思う。覚悟して登らなければならない。

 もう一度写真を見た。別の写真も見た。あれ、同じ方向から撮っている。がんばってほかの写真も探してみたが、やはり同じ方向からのものだ。塔は右に傾いている。どうしてか? 探し方が足りないのかな。
「斜塔」というくらいなのだから、傾いている様子がもっともよくわかる方向から写真を撮りたくなるのは心情だ。塔の周囲360度のうち、絶好の方向が2つあるということもわかってくる。ならば、どうして、左に傾いている塔を撮らないのか? あ〜、こればっかりは、行ってみないとわからない。
 逆に、この斜塔を撮るのに最悪の方向も2つある。その方向から撮ると、塔が傾いているのがわからない。それどころか、まっすぐに立っているように見えてしまうのだ。
平面と直線が垂直に交わっているかどうかを調べるには、2つの方向から直角を確認しなければならない――こんな内容が、中学校1年生の数学の教科書に載っている。
 物事は、一つの方向から見るだけで判断してはいけないのだ。

【メモ】

◆ガイレオ・ガリレイは、1564年、ピサに生まれている。1589年には、ピサ大学の数学の教授になっている。

◆ガリレオは、1590年、ピサの斜塔の7階から、10ポンドと1ポンドの2つの金属球を同時に落とす実験を行った。2つの金属球は、その重さに関係なく、同時に地上に落ちた――という話は、非常に有名だが、どうやらこの話は嘘だ。
 ガリレオは、こんな実験はしていない。しかし、2つの鉛の玉を使った似たような実験をシモン・ステヴィンという科学者が行っており、1585年には、その実験結果が発表されている。
 ガリレオの死後に出された彼の伝記には、このステヴィンの実験が、さもガリレオの実験であるかのように書かれており、これが誤解の元になっているのだが、この件について、ガリレオに罪はない。

◆罪といえば、1633年、ガリレオは地動説を唱えたかどで、宗教裁判にかけられている。彼は「地動説を認めない」という宣誓文を書かされ、さらに謹慎処分まで受けている。この判決後につぶやいたとされるのが、あの有名な、「それでも地球は動く」のフレーズだ。
 この謹慎はガリレオが死んでも続いていたが、1992年10月、ヨハネ・パウロ2世によって、やっと処分が解かれた。裁判から、359年が過ぎている。

◆シモン・ステヴィン(1548〜1620)という人は、あまり知られていないが、小数を発明した人とされている。
 小数の歴史は、まだ400年ほどなんです。

◆ベルギーのブリュージュには、シモン・ステヴィン広場があって、シモン・ステヴィンの像がある。

◆ピサの斜塔のテラスを歩くのは、そんなに危ないのに、どうして手すりをつけないのか? このことについて、妹尾河童さんは、現地のおじさんに話を聞いている。
「どうして? 危ないと思う人は、テラスへ出ないだろう。出る人はそれを承知でやっているはずだがね」[妹尾河童『河童が覗いたヨーロッパ』(新潮文庫)]

◆『ブルー・シャトウ』は、ジャッキー吉川とブルーコメッツのヒット曲。

◆日本のエスカレーターの傾斜角度は、法律により30度以下に定められている。

◆「Listen carefully!」
と英語の時間によく言われた。「耳を傾けなさい」ということだ。少し乱暴な言い方をすれば、「耳の垢を掻っ穿って聞け」。

◆傾斜が急なところでは、列車の運行がむずかしい。そこで線路をジグザクに敷設し、折り返し運転を繰り返しながら運転をすることになる。この方式を、「スイッチバック」という。

◆派手で人目にたつ振る舞い・身なりをすることを「傾(かぶ)く」という。この動詞が名詞化してできた言葉が、「歌舞伎」。

◆階段の踏板の間の垂直な部分を「けこみ」という。人力車で、客が足を置くところも「けこみ」。

◆ウィルスや最近が、母親を通じて胎児に感染することを「垂直感染」という。これに対して、注射針や輸血によって感染する現象は「水平感染」。

◆小さいころ、うちの隣には、大工のおじさんが住んでいた。そのおじさんの作業の様子を見るのが好きだった。今思えば、おじさんも、「2つの方向から直角を確認する」作業をしていたんだと思う。曲尺の直角をちょんちょんと木材の接合部分にあてて、何かを測っていたから、あれがそうだったんだ。ただ、その動きがあんまり速いので、いいかげんに測っているようにしか見えなかった。

【参考文献】
 ・新版 科学雑学事典 大浜一之 (日本実業出版社)


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