★雑木話★
ぞうきばなし

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  ● 第百三十五段 ●  ず〜と影だと思ってた

 ず〜と影だと思っていた。小さい頃からそう思っていたし、いい大人になったつい最近まで思いこんでいた。
 月のウサギの模様のことだ。
 満月を見上げると(別に満月でなくてもいいが……)、月の表面に黒い模様が見える。これが、ウサギに見える。餅をついているようにも見える。
 中国や日本ではウサギに見立てているわけだが、同じ模様をロバやカニだと感じている国もある。ヨーロッパでは、明るい部分の模様と組み合わせて、美しい女性の横顔だと見立てているそうだ。
 この薄暗い模様を、影だと思いこんでいたのだ。そして、中秋の名月が近づいてきたある日のこと、稲田君の前で口を滑らせてしまったのだ。

「月の表面の影は、本当にウサギに似ているね」
 彼は、見逃さなかった。
「影? 何の影?」
「月の表面にある影だよ」
「どうしてあれが影なの?」
「だって黒いじゃない」
「じゃあ、何の影なの?」
「(そんなわけないと思いつつ、つい)地球の影かな?」
「そんなわけないだろう。地球の影は、月食のとき欠けて見える部分だ」
「そりゃそうだ。だったら、あの黒い部分は、いったい何の影なんだ?」
「何言ってるんだ、あれは影じゃないよ」
「じゃあ、何なの?」
「何だと言われても困るけど、とにかく影じゃないよ。影を作るものがないんだから……」
「なるほど……」
 目が覚めた。影じゃないのだ。影なら形も変わっていくはずだが、小さい頃から月の模様はウサギさんだ。
 では、何なのか? 稲田君も中途半端にしか知らなかったようだから、あとは自分で調べた。
 月の表面のこの薄暗い部分は「海」と呼ばれるところだ。「危難の海」「雨の海」「晴れの海」などといった名前がついている。もちろん名前だけの「海」で、本当に水があるわけではない。「海」の部分が黒く見えるのは、主に玄武岩と呼ばれる色の黒い岩でできているため。これに対し、白く見える部分(「月の高地」と呼ばれている)は、主に斜長岩(しゃちょうがん)という白い岩石からできており、このため白く見えるのだ。
 月には本物のウサギはいないが、ウサギの模様がある。この模様の正体は、玄武岩――亀だという、なんだか変なお話でした。


【メモ】

◆地下深部で発生するマグマが地表に噴出したり、あるいは地殻中に貫入し冷却・固結して生じた岩石を総称して、「火成岩」という。この火成岩は、主に下の3つのタイプに分けられているが、この区別は明確にできるものではない。

  火山岩……マグマが地表に噴出して生じた火成岩を噴出岩
  深成岩……マグマが地下深部に貫入して生じた火成岩
  半深成岩……比較的浅い部分に貫入して生じた火成岩

◆ところで、「玄武岩」は火山岩の仲間。
■ 玄武岩 ■
地球上で最も多量にある火山岩。石基鉱物としてカンラン石、輝石、磁鉄鉱などの有色鉱物の割合が多いので暗灰色のものが多い。含まれる斑晶鉱物の種類により、カンラン石玄武岩、オージャイト玄武岩などに分けられ、無斑晶玄武岩も少なくない。

◆第四十二段でも述べたが、玄武は、カメとヘビの合体した姿で描かれている北方の神様。ちなみに、それぞれの方角の神様は、次の通り。

  北……玄武  南……朱雀  東……青龍  西……白虎

 もちろん、どれも想像上の動物だから実際に見ることはできない。しかし、「玄武洞」なら見学できる。兵庫県の城崎温泉から、南へバスで10分のところにある柱状節理が美しい洞窟だ。運がよければ、暗闇の中で玄武に会えるかもしれない。
 もし会えなかったとしても、近くには青龍洞・白虎洞・朱雀洞がそろっているから、ついで見学してみるといい。

◆玄武洞をつくっている岩石の大部分が玄武岩だから「玄武洞」――誰しもそのように考えてしまうが、これは間違い。むしろ、その逆に近い。

  玄武 → 玄武洞 → 玄武岩

 という流れだ。
 玄武洞は柱状節理が有名だと述べたが、この柱状節理の断面が、亀(玄武)の甲羅の模様によく似た六角格子模様を示すのだ。だから、「玄武洞」。で、「玄武洞」を構成する岩石が「玄武岩」というわけだ。だから、この名前は、日本固有のものだ。

◆ちなみに、同じ火山岩である安山岩の英語名は「andesite」。「アンデスの岩」ということ。つまり、「安山」とは、「アンデス」を指しているのだ。

◆流紋岩という火山岩もあるのだが、「流れるような紋のある火山岩」ということではないらしい。だれか名前の由来を教えてください。

◆「アンデスメロン」というのがあるが、これは「アンデス山脈」とは関係がない。
 メロンは値段が高い。なぜか? 虫がつきやすいので、無事に大きくなるのがむずかしいからだ。
 そこで、もっと虫の害の少ないメロンができないものかと、開発されたのがアンデスメロン。「安心して栽培できる」ということで、「アンシンデス」。これを略して、「アンデス」ということらしい。

◆アポロ計画の宇宙船のうち、11、12、14、15、16、17号が月に着陸している。この6回の着陸で、あわせて381kgの月の石が地球に運ばれている。

◆東京・上野の国立科学博物館には、アポロ11、17号が持ち帰った月の石が展示されている。ワシントンのスミソニアン博物館にも、月の石が展示してあり、こちらの方を「触った」ことがある。触る前はドキドキしたが、触ってみると普通の石だったので、なんだか気が抜けてしまった。あれならその辺の石を置いていてもわからない。

◆アポロ計画の宇宙船で持ち帰られた月の岩石のほとんどは、玄武岩か玄武岩起源の火山砕漢岩だった。月では30億年以上前までに火山活動が終わり、広い範囲が玄武岩でおおわれていると考えられている。
 火星や金星などの地球型惑星の表面にも玄武岩があるらしい。

◆月には堆積岩は見つかっていない。月には水や空気がないので、水で流された砂や泥がつもるという堆積作用が起こらないためだ。また、変成岩も見つかっていない。これは、変成岩をつくるような地質活動が起こっていないことを示している。


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