★雑木話★
ぞうきばなし

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  ● 第百三十七段 ●  「ドンドコ」が鳴らなくて

 初めて和太鼓の「演奏」を聞いた。
 演奏にわざわざかっこをつけたのは、なるほどこれが「和太鼓の演奏」というものかと思ったからだ。
 幼いころ、太鼓を叩いていた記憶がある。小さなものだったが、確かあれも和太鼓だった。しかし、家にあるのはたった1つ。ましてや幼稚園児が自己流で叩く太鼓など「演奏」とはいえまい。
 和太鼓にもいくつかの種類があると聞いたが、そんなことは忘れてしまった。大きなもの小さなもの、座りながら踊りながら、1人でときには2人で……。バリエーションが豊かで、
「太鼓なんて叩くだけだろ」
なんて浅はかな考えは、ばちで打ち砕かれてしまった。打ち砕かれただけではない、初めての体験ながら、これは奥が深そうだとも思った。
 実際にばちを持たせてもらって、練習するという時間があった。ここでも、
「太鼓なんて叩くだけだろ」
の考えが甘いことが分かった。叩けないのだ。どうしてと思われるかもしれないが、叩けない――いい音が出ないのだ。
 用意された直径が50pくらいの太鼓は、それ専用の台の上に置かれていたのだが、これを立ったままの状態で叩こうとすると、どうも位置が中途半端に低いのだ。ばちが十分に届かない。だから叩いたつもりでも、いい音が出ない。
「あれあれ、上品な叩き方!」
と皮肉を言われてしまった。
 腰が必要なのだ。
 腰を落とさないとばちが届かず、いい音が出ないのだ。腰痛を抱えている身としてはつらい打法だ。
 しかし、腰を落としてみても、模範の音とは明らかに異なる。
「ばちを腕の一部だと思って!」
 なるほど、ばちの持ち方に問題があるのか……。叩く際には気を付けて腕とばちが1本の直線となるような持ち方をしているが、叩くのが終わって振り上げたときには、ばちと腕が90度をなしている。もちろん、このことは自分では
気づかず、言われて分かったこと。このあたりが、いい音がでない原因だろう。何度やっても「音」は出なかった。
 最初からそんなことばかりこだわっていては楽しさも半減してしまうので、とりあでず演奏をしてみようということになった。
 2分音符、4分音符、8分音符、16分音符……、それぞれの音符で腕を上げる高さが異なる。細かな音符になるほど、腕の上げは小さくなる。
「2分音符のときは、真上に腕を上げなさい」
 言われたとおりにしたのに、
「違うな〜、テンコを打ってください」
「『テンコ』!?」
 出た〜、太鼓用語だ。
「テンコというのは、『天の太鼓』で『天鼓』。太鼓は下にしかないけど、上にもがあるかのように、振り上げたそのばちで天鼓を叩くのです」
 実際には必要でないかもしれない、他人には見えないかもしれない。しかしそんな場面でも、手を抜かずしっかりとやる――なんだか教訓をいただいてるようだった。
 日頃そんな信条で生活を送っていないものだから、結局、最後まで1回もこれだという音は出なかった。


【メモ】

◆谷崎潤一郎の小説『春琴抄』に天鼓が登場する。
 主人公の春琴は盲目のため、ウグイスを飼いその鳴き声を聞くことを趣味としているのだが、彼女は何羽かのウグイスの中で横綱クラスの優秀な鳴き声を持つものだけに『天鼓(てんこ)』の名を与えている。

◆自らも盲目になってまで春琴に献身的に尽くす男は、佐助。『春琴抄』が山口百恵、三浦友和で映画化されたのは有名。

◆確実さを保証するときに、「太鼓判を押す」という。太鼓くらい大きなはんこだと、絶対に間違いがないということだ。これだけ大丈夫だと言われて、失敗なんてしてしまうと、今度は烙印を押されてしまうから、注意。

◆もともとの意味は太鼓の音に合わせて舞うことだったのが、これが転じて目が回るほど忙しい様子を表すようになった言葉がある。これは、「天手古舞(てんてこまい)」。

◆太鼓の用語から生まれた言葉はまだある。次のはわかるだろうか?
 雅楽の演奏の前に太鼓や笛の音合わせをすることで、これが転じて人々が寄り集まって意見を調整すること――そう、これが「打ち合わせ」なのだ。

◆太鼓とは異なるが、古代中国ではドラに似た楽器があって、これは軍隊で警戒を促すために鳴らされた。
「警報」を出すわけだから、念入りに鳴らされた楽器なのだが、この楽器の名前が「丁寧(ていねい)」。なるほどでしょ。

◆「太鼓」の上に「御」をつけると、帯の結び方になる。太鼓の胴のような形に結ぶことからのネーミングだ。

◆童謡『村まつり』にも、太鼓は登場する。「ドンドン」がそうだ。それに続く「ヒャララ」は、笛の音。

◆「太鼓打ち」と言っても、大阪の道頓堀に立っているような人形ではない。こういう名前の昆虫がいる。
 タイコウチは、腹の端に長い呼吸感を持つ水生昆虫。捕まえると、前脚を太鼓を叩くように交互に動かす。
 最近見たタイコウチは、どれも水槽の中にいるものばかりだ。自然の状態で見ることは、すくなくなった。

◆歌舞伎では、雪がしんしんと降り続く様子を、太鼓を鳴らすことで表現している。

◆太鼓なら何でもいいというわけではない。雪のシーンをでんでん太鼓なんかでやられたら、雰囲気が壊れてしまう。

◆『お笑いスター誕生』で、でんでんを見たことがある。

◆『青春デンデケデケデケ』は、芦原すなおの小説。この作品で、1992年の第105回直木賞を受賞している。
「デンデケデケデケ」はでんでん太鼓の音ではない、エレキギターの音。
 この作品は、大林宣彦監督で映画化もされている。

◆■ 『ブリキの太鼓』 ■
ドイツの代表的小説家、ギュンター・グラスの長編処女小説(1959)。3歳で成長が止まってしまった男オスカルの目を通して、大戦前から現在に及ぶ時代相を活写し、奔放でしばしば猥雑な着想と機知とユーモアあふれる語り口で一
躍世界の注目を浴びる。シュレンドルフ監督で映画化され、1979年度のカンヌ映画祭グラン・プリを受賞している。

◆大相撲では、初日の前日に呼び出しが太鼓を鳴らしながら町を練り歩く。これが「触れ太鼓」。
 また、結びの一番の後にも太鼓が叩かれるが、これは「撥ね太鼓」。

◆『あばれ太鼓』は、坂本冬美。

◆太鼓腹と太っ腹は、意味が異なる。だから、太鼓腹で、しかも、太っ腹という人もいる。


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