・ 第百三十八段の一 ・ 何色の帽子?(後編)
「だめだ。わからない。ギブアップするから、教えてくれ」
1週間後、杉野君に会ったときの第一声がこれだった。
「本当にちゃんと考えました? 仕方ないですね〜」
と、杉野君は、紙と鉛筆を用意した。
「こういう状況だったですよね」
と、彼はさささっと図をかいた。
別室 | ←の方向を向いている
|
| △
| D_
| ▲ |
| C_|
▲ | △ | ▲……赤
A | B_| △……白「で、どこまで考えました?」
「どこまでって、とりあえずA君とB君は無理だってことはわかったよ」
「どうしてですか?」
「だって、A君は別室にいるわけだから、他の3人の帽子の色が分からないだろ。つまり、自分の帽子の色を勘で当てるしかないわけだ。B君だってC君、D君の帽子が見えないのだから、B君にも何も情報が入らない。だからB君が当てるのも無理だね」
「じゃあ、C君、D君についてはどうですか?」
「うん、当てられるとすれば、この2人のどちらかだと思うんだ」
「そこまでは、正しいですね」
「やっぱりね。でも、ここからが分からない」
といいながら、先の紙に状況をまとめた。
C君……B君の△が見える → 自分の帽子は△▲▲のどれか
D君……B君の△、C君の▲が見える → 自分の帽子は△▲のどれか
「ね、C君にしろD君にしろ、自分の帽子の色は分からないんだ。ま、しいていえば、『C君は▲の可能性が高い』というくらいしか分からないんだ」
「う〜ん、惜しい。実に惜しい。もう少しなのに……」
「本当?」
「本当です。」
「何が足りないんだ?」
「想像力です」
「想像力?」
「そうです。どうして手をあげた生徒は5分近くも考える必要があったのか?」
「……」
「この問題はね、4人のうち、誰か1人でも当てることができればご褒美がもらえるんですよ。そんな条件で、5分も考えてたら……、もし自分がこの生徒だったらどんな気持ちがします?」
「『俺は分からんにしても、誰か残りの3人で分かる奴はおらんのかい?』って思うかな……」
「そうそう、そう考えたんです。近づいてきましたよ」
「……、そうか! 手をあげたのはC君だ!」
「正解です」
「なるほど、C君が得られる情報は『B君の△』よりほかにもあったんだ。それに気づけば解けるんだね。……で、ご褒美は何だったの?」
「う〜ん、そんな質問をされるとは思っていませんでした」
「そりゃ、想像力が足りないな」
【メモ】
◆太宰治は、周囲を山に囲まれている甲府の街を、「シルクハットをさかさまにしたような街」と表現している。
◆シルクハットは、絹製の山の高い円筒形の帽子。1797年、イギリスの帽子職人ヘザリントンが考案した。現代でも、欧米の上層階級では競馬、ガーデン・パーティなどの野外での催しには、略装のシルクハットをかぶる習慣がある。
◆少女時代の美空ひばりは、シルクハットに燕尾服で、
「右のポッケにゃ夢がある、左のポッケにゃチューインガム」
と『東京キッド』を歌っていた。
ピンキーとキラーズは、山高帽(ダービーハット)をかぶって、
「忘れられないの〜」
と『恋の季節』を歌っていた。
◆カウボーイでなじみの帽子「テンガロンハット」ととは、もちろん、水が10ガロンは入るだろうというところから名付けられている。ちなみに、1ガロンは……、アメリカとイギリスで違っているからややこしい。1米ガロンは、3.79リットル。1英ガロンは、4.54リットル。日本は、アメリカ式を採用している。
◆「ガロン」は漢字では「口升(「口へんに升」なんだけど、第2水準にも入っていない!)」。
◆「ハイハット」といっても帽子ではない。ドラマーが使用する楽器で、主にリズムをとるために使われる、ペダル付きの2枚重ねのシンバルのことだ。
◆野球の本家、大リーグでは、帽子のひさしを後向きにするの応援の方法がある。映画『メジャー・リーグ』でのシーンがおなじみだろうが、あれを「ラリー・キャップ」という。
◆アメリカのプロスポーツには、「サラリー・キャップ制」という方法が導入されていることがある。年棒の高騰を防ぐためにチーム全体の年棒の最高額を決めて、その中で選手を割り振る方法だ。
◆寝付きがよくなるように寝る前にちょっと飲む酒を、英語で「ナイトキャップ」という。野球のダブルヘッダー第2試合のことも、同様に「ナイトキャップ」と呼ばれる。
◆万年筆のふたも「キャップ」。キャップの先端に六角形のホワイトスターが描かれていたら、モンブランの万年筆。
◆プロ野球12球団の帽子のマークで、アルファベット1文字のチームは6つ。
C……広島東洋カープ
D……中日ドラゴンズ
B……横浜ベイスターズ
F……北海道日本ハムファイターズ
L……埼玉西武ライオンズ
M……千葉ロッテ・マリーンズ
◆さて、さらなる解説を。
「俺は分からんにしても、誰か残りの3人で分かる奴はおらんのかい?」
この後に、C君はD君の立場になって想像してみた――
「そうか、D君も分からないんだ!」
これがC君がなかなか気がつかなった情報だ。もし、C君の帽子の色がB君と同じ△なら、D君はものの数秒で自分の帽子の色を当てられるはずである。赤い帽子が2つ、白い帽子が2つしかないのだから、確実に当てられる。それにもかかわらず、D君が分からないというのは、B君とC君は違う色の帽子をかぶっているということだ。つまり、C君は▲ということになる。
◆「もしもC君の帽子の色が▲でなかったら、矛盾が生じる。だから、C君の帽子は▲だ」
このような論理の進め方を「背理法」という。中学校で扱うことはすくなくなった。だから、この言葉を持ち出しても、
「何それ? 『ハイリ、ハイリフレ、ハイリホー』の『ハイリホー』?」
と言われるかもしれない。こっちの「ハイリホー」を知っている人の方がまれかな。
◆ふだんから、この「もしも○○だったら、……」という考え方には慣れておいた方がよいかもしれない。
「ハハハ、こんな状況になれば、さすがのお前も逃げられまい。しかし、最期にひとこと言わせてやろう。その内容が正しければ、お前はギロチンの刑だ。間違っていれば磔(はりつけ)の刑だ。さあ、何か言ってみろ」
こんな窮地に立ったとき、あなたはどうやって逃げだすか?
「私は、磔の刑に処せられる」
と言えばよい。相手はたちまちパラドクスに陥り、何もできなくなるから、そのうちに逃げだそう。説明は省略。