★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第百五十三段 ●  カメラ・オブスキュラ

 書物で読んだり、学校で教えてもらったりして、その原理を理解しているつもりでも、やはり不思議だということがある。不思議なことは、不思議のままで残しておくのも一興。自分なりに解決したいと思うのも一興。何もかも全部知る必要はないのだけれど、すくなくとも、不思議だなぁと思う気持ちは持ち続けていたいと思う。
 写真がそうだ。
 幼稚園のころから、不思議だった。集合写真を撮ったときのことを、いまだに覚えている。
「はい、撮りますよ。みんな、こっち向いて」
 と写真屋さんが叫ぶ。
 パッ。
 フラッシュが光る。そのころは「フラッシュ」なんて言葉も知らなかった。あのときは、本当に驚いたなぁ。写真を撮られたあと、目をつぶっても、まだ明るさがのこっているのだ。目を開けると、見えるはずのない光がまだ見えている。右を見ても、左を見てもそこにある。
「あ、あっちあっち」
 まわりの子も、同じように指さしていたから、みんな同じだったんだろ。
 なぜ、映像を記録することができるのか。このことについては、実は、学校で教えてもらったこともなかったし、それに関する書物を読んだこともなかった。しかし、自分のカメラは持っているし、フィルムを現像に出したことなんて何度もある。それが悔しかった。
 ならば調べてみようと思った。
 第八十五段でポラロイドカメラについて述べた。あのときの【メモ】で、カメラとは「部屋」という意味のラテン語で、本当は「カメラ・オブスキュラ(camara obscura 「暗い部屋」の意)」の略語だったということも書いた。しかし、カメラ・オブスキュラが、一体どんなものだったのかということは調べずにいた。
 カメラ・オブスキュラとは、どんなものなのか?
 どうやらこれは、もともと、目を痛めずに日食を観察するための装置だったらしい。部屋を閉め切って暗くし、窓に小さな穴を開け、そこから太陽の光が入るようにすると、反対側の壁に太陽の像が映る。これくらいの原理なら、なんとなくわかるような気がする(本当は、わかってなんかいないけど)。
 この方法を使えば、太陽の光を直接見ることなく、日食を観察できるのだ。このことは、11世紀のアラビアの学者イブン・アルハイサムの研究報告やレオナルド・ダ・ビンチの非公開のメモにも記述されているそうな。つまり、この装置というか、部屋というかが「カメラ・オブスキュラ」だったのだ。この方法はヨーロッパで評判になり、日食の観察に使われるようになった。
 しかし、これでは大きすぎる。
 16世紀になると、ピンホールの代わりに凸レンズを装着するようになる。レンズを使うことでこの「部屋」がだんだんと小さくなり、17世紀には持ち運びができるくらいの「暗箱」が作られたのだ。なるほど、むずかしいことはわからないが、レンズを使うことで「部屋」を小さくできたのだなってことにしておこう。
 この時代のカメラ・オブスキュラは、主に画家たちが用いることになる。景色を暗箱に投影し、構図を決めるのに用いたわけだ。像の映る側面をすりガラスにして、ここに紙を当てがい、像を鉛筆でなぞったのだ。この装置は普及を続け、18、19世紀には「画家ならみんなが持っている道具」になったそうな。
「便利なんだけど、鉛筆でなぞるのは面倒だな」
「この像をそのまま何かに残すことができたらな〜」
 と、誰しも思ったことだろう。その方法を本当に考え出した人がいた。
 フランスの画家 L.J.M.ダゲール(1787〜1851) は、「ダゲレオタイプ」と呼ばれる銀板写真法を発明する。1839年8月、フランス学士院で、正式の発明品として公表された。彼はこの発明により、「近代写真術の祖」とされている。もっとも、同じ時期に多くの研究家がそれぞれの方法で写真を開発していたのだが……。
 ま、こんなところか。とにかく、写真については、すこしほっとできた。


【メモ】

◆カメラ・オブスキュラは、日本では、杉田玄白や司馬江漢らによって「暗室写真鏡」「写真鏡」として紹介されている。

◆ダゲレオタイプの写真の最大の欠点は、1枚の感光板をつかって1枚の写真しか撮れないこと。ところが、イギリスの科学者タルボット(1800〜1877)は、1841年、ヨウ化銀感光紙を使って写真のネガ像を作り、このネガを感光紙に焼き付けてポジ像を作るネガポジ法を考案した。ネガから焼き付けることで、ポジ像を希望の大きさ・枚数作成できるようになった。これは、画期的なことだ。

◆若い人は、「青写真」なんて言ってもわからないかなぁ。鉄(III)塩の感光性を利用したこの写真法を発明したのは、イギリスの科学者もジョン・ハーシェル(1792‐1871)。
「1等星の平均の明るさは、6等星の100倍である」
 を発表したのも彼だし、写真に対してフォトグラフ(photograph)という言葉を命名したのも彼。
 彼のお父さんは、天王星を発見しているし、赤外線も発見している。すごい親子なんだ。
 青写真以外のことは、以前にも述べた。

◆中国語で「写真」といえば、肖像画のこと。これも以前に述べたが、すこし詳しく解説を。
 中国では「肖像画」に対する要求が高いようだ。モデルと絵が似ているというのはもちろん、そのモデルの心、精神をも表現しなければならないというのだ。だから、「写」だけでなく、「真」という字が使われているのだ。

◆キャビネ判という大きさの写真がある。ハガキよりもひとまわり大きく、16.4cm×11.9cmのサイズの写真だ。では、なぜ、このサイズを「キャビネ判」というのか? cabinet は、フランス語で「戸棚」「飾り棚」という意味。そんな棚に飾るときにちょうどいいくらいの大きさだから、キャビネ判なのだ。

◆近頃は「0円プリント」の看板をよく見かける。はじめはびっくりした。プリントが0円だったら、何枚プリントしても0円じゃないか! しかし、実際にはフィルム現像料が必要になる。また、焼き増しの際は、大抵0円でプリントしてくれない。

◆「焼き増し」のことを「焼き回し」という人がいる。これはもう、た〜くさん存在する。焼き増しした写真を、みんなに配布する(回す)からだろうか、「焼き回し」だと思いこんでいるからやっかいだ。「焼き回し」だと、串に刺された肉を回しながら焼いている光景を思い浮かべてしまう。写真を焼き回したら、燃えちゃうよ!
 しかし、当人に向かって、
「それは違うよ」
 と言ったことがない。気を回してしまう。


【参考文献】
  ・万物意外事典 北嶋廣敏(グラフ社)


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