★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第六十五段 ●  いく桃、くる桃

 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。
 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出かけました。
 おばあさんが川で洗濯をしておりますと、川の上流の方から何やら音が聞こえてきます。最初は、小さな音だったのですが、次第に大きくなってきます。
 どうやら、川を何かが、それも比較的大きな物が流れてきているようです。
「一体、何の音じゃろう?」
 おばあさんはすこし心配している様子ですが、まだ、洗濯を続けています。そんなことよりも、洗濯を速く済ませる方が大切なようです。
 音はさらに大きくなります。かなり近づいてきたようです。最近視力が落ちてきたおばあさんでしたが、それでも川上の方にピンクの物体を発見することができました。
「ありゃ何じゃ。かなり大きいのぉ……」
 どうやら桃のようです。大きな桃です。大きな桃が、どっぷらこどっぷらこと、ゆっくり流れてきます。どんどん近づいてくるので、おばあさんはしばらく洗濯の手を止めて、桃の流れを眺めることにしました。
「いつもじゃったら、あの桃を家に持って帰って、おじいさんに切ってもらうのじゃが、今日は洗濯物が多くて、そんなことはしてられんわい。」
 とうとう桃は、おばあさんの目の前を、どっぷらこどっぷらこ、流れて行ってしまいました。
 と、そのとき、おばあさんはあることに気がつきました。
「何だか、さっきと音が違うように聞こえるんじゃが……。年かのぉ」
 おばあさんは洗濯を終えて、家に帰って来ました。ちょうどそこにおじいさんも戻ってきたので、さっきの話をしてみました。
「ほぉ〜、音が違って聞こえたって。そりゃばあさん、気のせいでもないし、耳が遠くなったんでもないぞ」
「そしたら、どうしたわけだい」
「それはの、『ドップラー効果』と呼ばれるもんじゃ」
「ドップラコッカ?」
「『ドップラー効果』じゃ。桃から発する音自体は変化しとらんのじゃが、音源とばあさんの相対的な速度によって、音の振動数が変化するのじゃ」
「何だか、むずかしいのぉ」
「音は、波じゃ。波が作られてから次の波が生じるまでの時間を『周期』というんじゃ。1秒間に作られる波の個数が『振動数』で、波の1つ分の長さが『波長』じゃ」
「やっぱり、むずかしいのぉ」
「つまりじゃ、音源とばあさんが近づくときには、実際よりも波長が短くなるんじゃ」
「お互いに近づくのじゃから、当然の話じゃのぉ」
「波長が短くなるということは、単位時間にばあさんの耳に入ってくる波の個数が増える、つまり振動数が増えるということじゃ」
「だから、実際の音より高く聞こえるんじゃな」
「逆に、遠ざかるときには……」
「波長が長くなり、振動数が小さくなる。だから、低く聞こえる……ってことじゃな、じいさんよ」
「そういうことじゃ」
「じいさんの言っとることを、式を使っておさらいすると、こういうことかの。音源の出す振動数をf、音の速度をV、桃の速度をvとするぞ」
「ばあさんは、じっとしとったから登場せんのじゃな」
「いや、わしは洗濯しとったぞ」
「…………」
「ジョークじゃ。音源とわしの距離が相対的に近づくときの音の振動数をf’、遠ざかるときの振動数をf”とすると、こうなる。

          V          V
   f’=f×――――   f”=f×――――
        V−v         V+v

遠ざかるときは、分母が大きくなる分、振動数が小さくなる。だから、『どっぷらこ』が低く聞こえんたんじゃな」
「ばあさん、完璧じゃ」
 今日も、おじいさんとおばあさんは、幸せに暮らしましたとさ。おしまい。


【メモ】

◆「ドップラー効果」のドップラーは、オーストリアの物理学者(1803〜53)。1842年に、音と光についてドップラー効果の存在を提唱している。

◆速度は、英語で「velocity」。「speed」は、専門的な話には使われない。

モモは、バラ科の植物。

◆桃の花を県の花に指定しているのは、岡山県。ヤマモモの花を県の花に指定しているのは、高知県。

◆バスケットのゴールは、もともと桃を入れるための篭だった。


◆昔話の『桃太郎』で、いちばん最初に家来になった動物は、イヌ。最後に家来になったのは、キジ。

◆唱歌『桃太郎』は、6番まである。

◆人気時代劇『桃太郎侍』で、桃太郎を演じていたのは、高橋英樹。

◆トマトの品種に「桃太郎」という名のものがある。トマトのシェアの90%以上を占めているそうだ。

◆「桃太郎」と「洗濯」の関連で思い出した。
 その名もズバリ、「
もも太郎」。
 直径が9cmくらいのピンクのボールなんだけど、これ1個で約2年間、洗剤を使わずに洗濯できるという、信じられない代物。
 ボールの中には、細かなセラミックが入っていて、これが水の本来持っている洗浄力を引き出しているのだそうな。
 洗剤を使わないので環境に優しく、すすぎも楽。つまり、水道代まで節約できてしまうらしい。
 実は、我が家でも使っているのだが、「もも太郎」一人に頑固な汚れ退治を任すのも気が引けて、規定量よりもすくなめの洗剤の助けを借りている。
 1個4800円、東急ハンズで買った。

◆俳句の歳時記などで、「桃花鳥」と書かれる鳥がいる。これは、トキのこと。
「鴇」や「朱鷺」とも書くことがある。

◆乗馬が下手で、鞍に尻が落ち着かないことを「桃尻」という。桃の実が丸くて、すわりの悪いところの連想だ。

◆日本髪の一つに、「桃割れ」がある。髪を左右に分けて輪にしてとめ、桃を2つに割ったような形にする。

◆豊臣秀吉が築城した伏見城には、たくさんの桃の木が植えられていた。だから、この地を「桃山」と呼ぶ。同名の和菓子もある。

◆桃山町は、和歌山県の北西部にもある。名前の通りの桃の産地だ。

◆灰色の服を着た泥棒が盗んだものは、時間。盗まれた時間を取り返してくれた女の子は、モモ。
ミヒャエル・エンデの童話『モモ』でのお話。
 エンデは、ドイツの人。
 長野県の黒姫童話館には、エンデの作品や個人資料が展示されている。

◆「桃色」や「ピンク」については、またの機会にしよう。

◆スモモモモモ、モモモモモ、モモニモイロイロアル。


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