★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第七十段 ●  345万人のマーチ

「やあ、杉野君。明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
「ところで、正月って何日あるか知ってる?」
「何言ってんだ。3日……、ちょっと待てよ。こんな風に質問されるからには、何かあるんだな……」
「警戒が厳しいね」
「あ、わかった。31日だ」
「ひっかからないね」
「誰がひっかかるか。でも、こんな意地悪クイズは、相手にしないに限るね」

――しかし、世間の正月はどうやら、元日から3日までの三箇日に集中している。ま、年が新しくなった直後のことだし、7日や8日に初詣に行っても何だか気が抜けているような気がするし……。詳しい理由はよくわからないが、初詣の客はなぜかこの3日間に集中し、ものすごい数になる。
 人が集中することは、よくある。初詣、祭り、海水浴、バーゲン、遊園地、コンサート、帰省のときの高速道路や電車、……。そのたびに、新聞やテレビで、大混雑の様子が報道される。そして、
「警視庁の調べによると、○○神宮の三箇日の初詣客数は、345万人でした」
 などと言っている。しかし、何百万人もの人を、誰が数えたんだろう。主催者側からの発表というのもあるから、いろんなところで数えているだろうけど、初詣に行っても、祭りに行っても、海に行っても、数えている人の姿なんて見たことがない。本当に一人一人数えたら、大変だぞ。
 そもそも、数える必要があるのか?

 これは、ある。まず、警察サイド。何万人、何百万人の
人出になるのだから、トラブルが予想される。起こってしまっては大変だから、警備にあたる必要がある。しかし、警察はアルバイトを頼むわけにいかないので、人員の配分が大変だ。必要な場所に、必要な人数だけ配置するためにも、やはり数える必要がある。実際には、警察が初詣の雑踏警備にあたっている神社・仏閣は、全国で千数百ヶ所あるそうだ。
 また、神社サイドでは、初詣に合わせていろいろと用意しなくてはいけない。おみくじ、絵馬、破魔矢、お守り、賽銭(さいせん)箱、アルバイト。余分に用意して、余ってしまったら損になるだけだから、慎重に数を予想しなければならない。神社側でも警備員や案内などを配置することが必要かもしれない。
 過去の経験から予測しているのかもしれない。去年より多いだろうとか、去年と同じくらいだろうとか……。しかし、今後のことを考えると、やはり統計を取っておいた方が良さそうだ。
 では、どうやって数えるのか。コンサートの客の数、高速道路や電車の利用者数は、チケットを数えることで分かるだろうが、初詣や海水浴にはチケットがない。
 交通量調査のようにしているのか。道路の脇で、カウンターをカチャカチャやって、何かメモしている。しかし、初詣に行って、カウンターで数えている人を見たことがない。もし、そんな人がいたとしても、数えるのは不可能だろう。あの人出だ。すぐに指が疲れてしまう。
「僕、知ってるよ」
 と、杉野君。
「まあ、すこし考えれば予想がつくだろうけど、人出の数って、一の位まで正確に知りたいわけじゃないだろ」
「そりゃそうだ。そこまで正確にやろうと思っても、絶対無理だ」
「だろ。概数でいいんだよ」
「ガイスウ?」
「『およそ何人』ってことだよ。となれば、いろんな方法があるよ」
 と、彼は例をあげて説明してくれた。要約すると、以下のようになる。
 たとえば、神社や仏閣の入口で、行列の一列とか、一かたまりの人数をあらかじめ数えておく。そして、一定の時間に通り過ぎた列の数、かたまりの数を調べれば、総数を概算することができる。主要地域の警察には、人出を数える専門の担当官がいて、大勢の人出が予想される催しがあるたびに、カウンター
をカチャカチャやっているそうだ。
 また、こんな方法もある。ヘリコプターを使って、上空から写真を撮る。その写真を大きく引き伸ばして、縦、横を等間隔に(たとえば)30等分する。これで、この写真は900のマスに分けられたことになる。乱数賽(さい)や、乱数表を使って900のマスの中から、50ほどのマスを選び出し、それぞれのマスの中にいる人数を数える。1マスの平均人数が分かれば、その人数に900をかければ、総数が求められる。この方法は、海水浴場などの人出を求めるのに向いていると思う。
 ま、どちらかだろう。これらの方法で不安な場合は、他のデータから人出を推測することもできる。たとえば、賽銭の額、お守りなどの売り上げ、最寄りの駅の利用者数、駐車場の込み具合、宿泊施設の利用状況、……。これらを前年のデータと比較することで、参拝客数の増減がある程度分かるはずだ。
 今年も、初詣には行かなかった。来世紀には、行こうと思う。


【メモ】

◆俳句には、季語が必要だ。その季語は、5種類に分類できる。春、夏、秋、冬と、新年(
正月)だ。

◆元日から7日までが、大正月(松の内)。15日前後までが、小正月。

◆正月や祭りの日のことを「晴れの日」という。これに対し、普通の日のことを、「褻(け)の日」という。

◆「目の正月」という言葉がある。よいものを見て、楽しむことをいう。

◆「もういくつ寝ると……」
 で始まるのは、『お正月』。作曲者は、滝廉太郎。作詩したのは、東くめ。彼女は、子どもが楽しく歌える口語体の歌を、日本で初めて作った女性作詞家とされている。ほかに『はとぽっぽ』も、彼らの手による。

◆正月になるとよくハボタンが飾られているが、あれはアブラナ科の植物。そうは思えないかもしれないが、そうなのだ。

◆トウダイグサ科の常緑高木に、ユズリハがある。これも正月の飾りに使われる。新しい葉が育ってから、古い葉が落ちるところからのネーミングなのだが、新旧交替の意味を込めて飾るのだろう。

◆標本調査については、次のページを。
 
第百五十四段の一

◆調査人数(標本の大きさ)を2倍にすると、調査の精度が2倍になるような気がするが、そんな甘いものではない。調査人数を2倍にしても、統計学上は精度は√2倍にしかならない。

◆年齢、性別、地域、職業などの特性によっていくつかのグループに分け、そこからランダムに標本を抜き出す方法を、「層化抽出法」という。世論調査や視聴率調査などに、よく使われている。

◆日本のお正月には、雑煮を食べるが、中国ではギョーザを食べるそうだ。


【参考文献】
 長年の大疑問1 素朴な疑問探求会[編](KAWADE夢文庫)
 数の不思議 博学こだわり倶楽部[編](青春出版社)
 つい誰かに教えたくなる雑学の本 日本社(講談社α文庫)


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