★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第九十七段 ●  朝もやの丘

 先日、奈良市内のある庭園を訪れた。60歳くらいの品のいいおばあさんが一人歩いていたので、声をかけてみた。
「すみません。日本語、話せますか?」
 彼女は、何を言っているのかわからないという様子で、手を振った。
「Do you speak English?」
「Yes.」
 日本に来るのは初めてであること、夫は仕事で来たこと、彼は庭には興味がないこと、だから私は一人で見学しているということ、この庭園は美しい――など、話してくれた。
 で、どこからきたのかとたずねると、彼女は、ロンドン郊外のある地名をあげた。
「そこなら行ったことがあります。テムズ川が近くに流れていますね」

 ロンドンに渡ろう!
 ロンドンある国際空港は3つ。ヒースロー、ガトウィック、スタンステッドだ。このうち、単に「ロンドン・エアポート」といえばヒースロー空港のことで、ロンドンの西、約24kmのところにある。日本からの便が到着するのは、この空港だけだ。
 次は、ロンドン中心部へ。ヒースロー空港なら、チューブ(ロンドンの地下鉄をこう呼ぶ)が便利。これが、いちばん安い。たとえば、ピカデリー・サーカス駅までなら、45分くらいだ。
 地下鉄を乗り次いで、タワー・ヒル駅へ。ロンドン塔へ行くなら、この駅から歩いてすぐだが、今回はここでドッグランズ・ライト鉄道に乗り換える。この線は、地下鉄ではない。タワー・ゲイトウェイ駅から15分ほど電車に揺られると、終点のアイランド・ガーデンズ駅に着く。眼前に、テムズ川が流れている。目的地は、この川の向こうにある。
 川を渡ろう! 駅前から、遊歩道がある。なんと、テムズ川の下をトンネルが通っていて、そこを歩くことができるのだ。川の下を歩くなんて、なかなかできない経験だ。
 トンネルを出ると、一面に緑が広がっている。本当に、気持ちのいいところだ。ジョギングなんて大嫌いだという人(自分のことだが)でも、この丘の朝もやの中なら走ってもいいかなと思うに違いない。そんなところだ。
 小高い丘を元気よく登ると、やがて目指す「旧王立天文台」が見つかる。
 と言っても、ピンとこないかもしれない。ここは、グリニッジ公園なのだ。そう、あの「グリニッジ天文台」だ。天文台の機能はよそへ移転しているが、東経0度、西経0度という本初子午線は、今でももちろん、ここを通っている。
 現在は博物館になっているこの施設に入ってみよう。
 さっそくいちばんのお目当へ。看板に「PRIME MERIDIAN OF THE WORLD」と表示があり、中央に線が走っている。これが、つまり、「本初子午線」だ。この線は地面にも伸びていて、ずーっと伸びていて、地球を1周して、またここに戻ってくるんだ――なんてことを考えてしまう。
 自動販売機がある。ジュースや烏龍茶を売っているのではない。「あなたはこの地を訪れましたよ」という証明書のようなカードを、発行してくれるのだ。カードには、「ISSUED AT 0゚ LONGITUDE(0度の地にて発行)」の文字の下に、時間と日付が機械によって刻印されている。これは、記念になる。
(カードの画像)
「そうだ! ここで写真を撮ろう!」
 右足は西経の地を踏み、左足は東経の地を踏み(つまり、南を向いているわけだ)、チーズ! 世界を股にかける人物になれた気がした。
「グリニッジの丘の方が、美しいということはありませんか?」
 と、聞こうと思ったがやめた。


【メモ】

◆テムズ川には、「流れ出る水」という意味がある。で、テムズ川が「流れ出る」海は、北海。

◆日本では、早稲田対慶応のボートレース「早慶レガッタ」が有名だが。本家は、テムズ川のレガッタ。こちらは、オックスフォード大学とケンブリッジ大学が熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げる。

ロンドンでは「チューブ」、ニューヨークでは「サブウェイ」、パリでは「メトロ」、ベルリンでは「ウーバーン」、シドニーでは「アンダーグラウンド」、日本では「地下鉄」。

◆1863年1月10日、世界初の地下鉄が走った都市が、ロンドン。区間は、パディントンからファリントンまで。そのときの動力は、蒸気だった。

◆2番目に地下鉄が開業した都市は、ハンガリーのブダペスト。

◆サ−フィン用語で、「
チュ−ブ」と呼ばれるものがある。水深の変化が急激な場所に起こりやすい、波の頭部分だけが盛り上がって先走りする現象のことだ。そういえば、よくCMなどで見るなぁ。

◆「ピトー・チューブ」は、飛行機のスピードを測るために、機首や主翼の端につけられている。

◆NHKの『のど自慢』で、合格・不合格の音を鳴らすベルを、「チューブラーベル」という。

◆夏になるとチューブの曲がヒットするが、彼らのデビュー曲は、『ベストセラー・サマー』。

◆ロンドン塔の名物の鳥といえば、カラス。6羽のカラスが常住し、1羽が病死すると法令に従って直ちに補充されるそうだ。

◆ロンドン塔では、イギリス王室所有の宝石、武具などのコレクションが公れている。なかでもここには、世界最大の530カラットのダイヤモンド「アフリカの星 Star of Africa」がある。

◆ロンドン市街からグリニッジまでは、名物のダブルデッカーバスを利用することもできる。

◆グリニッジ桟橋の近くには、カティ・サーク号という船が博物館として保存・公開されている。1859年に進水。インド、中国から紅茶などを運搬するのに活躍した高速帆船だ。

◆グリニジ天文台は、1675年に国王チャールズ2世によって創設された。この位置が、経度0度に定められたのは、1884年のこと。ちなみに、この旧王立天文台の北緯は、51゚28'38"。

◆ロンドンは、「霧の都」と呼ばれている。正確な天文観測を求めて、天文台は、サセックス州のハーストモンソーに移された。

◆世界標準時のことを、「GMT」。これは、Greenwich Mean Time(グリニッジ標準時)の略。

◆GMTが正午のとき、JMT(日本標準時)は午後9時だ。

◆「meridian」は、子午線。
 よく、「午前」「午後」のことを「a.m.」「p.m.」と表示するが、この「m」は「meridiem (正午)」のことだ。さらに、「a」は、「ante(前)」、「p」は「post(後)」を表している。

◆「午前8時12分」と表記したいときは、「8:12 a.m.」。けっして、a.m.を時刻の前につけないこと。

◆和服の袴にある、左右の腰の両側のあきを縫い止めたところを「股立(ももだち)」という。

◆「股のぞき」で知られる名所は、天橋立。「韓信(かんしん)の股くぐり」という言葉もある。漢の武将、韓信は、若い頃、他人の股をくぐらせられるという恥に耐え、後に大成したという故事だ。

◆人情がわからない人のことを、「木の股から生まれる」という。

◆節操なく、あちらについたり、こちらについたりすることを、「内股膏薬(うちまたごうやく)」という。

◆「股にかける」のはかっこいいが、「二股をかける」と嫌われる。


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