★雑木話★
ぞうきばなし

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  ● 第百十四段 ●  サクラサクカ?

 サクラサク――今年も、この季節がやってきた。カタカナで書いたから、わかったかもしれないが、これは「試験に合格しましたよ」という意味だ。
 大学入試の1年目、この電報を待っていた。
 合格発表の日には、高校の同じクラスの仲間と旅行する予定だったので、結果を電報で知らせてもらえるように頼んでいたのだった。
「大学入試の1年目」と書いたから、予想がつくと思うが、結局、電報の文面は「サクラサク」ではなかったのだ。実は、ある事情から、封を開ける前から「サクラサク」ではないことはもうわかっていた。だから、「サクラチル」を読むだけの覚悟は、十分にできていたのだが、文面はそれとはかなり違っていた。
「ダイブツノメニナミダ」
 奈良県内にある大学を受験した。電報の文面にローカル色がよく出ていていいんじゃないの――なんて、のんきなことは、言ってられなかった。何せ、この年は、大学を1校しか受験していなかったし、その後の受験も予定もなかったので、これで浪人が決定したのだ。本当にナミダがこぼれた。
 しかし、「ダイブツノメニナミダ」ということは、もし合格していたら、電報の文面はなんだったのだろう? 自分なりにいろいろと考えた。

「ダイブツヨロコブ」
「ダイブツカイガン」
「ダイブツツイニタツ」

まあ、こんなところだろうと思った。
 努力だけはしたつもりの1年間が過ぎ、何の因果か、昨年とまったく同じ大学を受験した。この年も、大学は1校しか受験するつもりはなかったから、背水の陣であった。
 しかし、昨年とちがうのは、今年はきちんと自分の目で発表を見ようと思ったことだ。だから、電報は頼まなかった。何とか合格することはできたが、おかげで、合格電報の文面を知ることができなかった。
 入学後、合格電報を頼んだという人物を発見したので、彼に尋ねてみた。予想はまったくはずれていた。
「で、何て書いてあったの?」
「『テンピョウノイラカカガヤク』だよ」
「『イラカ』ってなんだ?」
 なんてことを言っているから、1年目に合格できなかったんだと今になって思う。


【メモ】

◆涙といえば、映画『ミクロの決死圏』。映画の中で、小さくなった乗組員は、頚動脈から患者の体内に入り、
涙腺から脱出した。

◆人間の目には、上まぶたの外側に4本の涙腺がある。ここから流れ出る涙は、アルカリ性。

◆タマネギを切ると
が出るが、この原因となる揮発性の化合物は、ニ硫化プロピルアリルと硫化アリル。

◆箸の先からポタポタと汁をしたたらせることを、「涙箸」という。

◆「涙を流す木」と呼ばれる熱帯の木は、ゴム。

◆『無知の涙』。死刑囚である永山則夫が書いて話題になった本だ。

◆毎年1月17日の月を必ず涙で曇らせてみせると言ったのは、『金色夜叉』の主人公、間貫一。

◆「汝ヤ知ル都ハ野辺ノ夕雲雀(ひばり)アガルヲ見テモ落ツル涙は」
とは、応仁の乱で荒れ果てた京都の様子を詠んだものだ。

◆『すみれ色の涙』は岩崎宏美、『ごめんよ、涙』は田原俊彦、『涙^2』は爆風スランプのヒット曲。『スワンの涙』は、宮沢りえのテレビ初主演ドラマのタイトル。同名の曲もあるが、歌っていたグループ名を忘れてしまった。

◆テレビドラマ『水戸黄門』の主題歌は、「人生楽ありゃ苦もあるさ〜」で始まるが、この曲のタイトルは、『ああ、人生に涙あり』。

◆『酒は涙か溜息か』『影を慕ひて』などで知られる作曲家・古賀政男は、1978年、史上2人目の国民栄誉賞を受賞している。また、これらの曲を歌っていた藤山一郎も、1992年、通算9人目の国民栄誉賞を受賞している。

◆「朝廷で第九次遣唐使発遣のことが議せられたのは聖武天皇の天平四年で、……」
 で始まる小説は、井上靖の『天平の甍(いらか)』。

◆■ 
天平 ■
奈良時代の年号。729年に神亀(じんき)から改元され、749まで続く。また、日本の文化史・美術史上の時代区分の一つである「天平時代」の意味で用いられることもある。奈良文化の最盛期で、東大寺の大仏、正倉院の収蔵品、『万葉集』などに代表される。

◆「天平」のつく年号は、他にもある。
  天平          729〜749
  天平感宝(かんぽう)  749
  天平勝宝(しょうほう) 749〜757
  天平宝字(ほうじ)   757〜765
  天平神護(じんご)   765〜767

◆四字の年号は、この4例以外に、神護景雲(じんごけいうん・767〜770年)があるだけだ。

◆甍とは、いくつか調べてみると、屋根の棟のこと、棟瓦のこと、瓦葺き(ぶき)の屋根のこととある。

◆法隆寺の五重塔の屋根に代表されるように、日本の神社仏閣の建築物の屋根は、緩やかなカーブを描いているものが多い。

◆屋根の役割の一つは、雨を内部に入らないようにすることだ。だから、降ってきた雨を下に流すために、屋根に傾斜をつけることになる。フラットな屋根にすると、特別な排水設備を考える必要がある。

◆水はけをよくするためには、屋根にどんな傾斜をつければよいか。神社仏閣の屋根は、知ってか知らずか、その傾斜に近いものになっているそうだ。

◆水はけだけのことを考えれば、屋根を急にすればよい。しかし、それでは、屋根が覆う面積がすくなくなってしまう。そこで、屋根の上部の方の傾斜を急にして、流れる雨水に加速をつける。ある程度勢いがつけば、今度は傾斜を緩やかにして、面積を稼ぐ。だから、あのような屋根のカーブになる。

◆このカーブは、「最速落下曲線」と呼ばれる。「
サイクロイド」と呼ばれる曲線の一部である。自動車のタイヤが画びょうを踏んで、そのまま走っているところを想像してほしい。画びょうが描く軌跡が、サイクロイドだ。

◆天平の甍は、最速落下曲線を描いているんだ。落下させるための曲線なんだ。
 とすれば、「テンピョウノイラカカガヤク」を合格の電報に用いるのは、ちょっと不適切ではないだろうか。
「お前がいの一番に落ちたのだ」
の意味に受け取られてしまう。いや、実は、そういうことを伝えたかったのかもかもしれないな。


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