● 第百二十八段 ● 期限切れのパスポート
しばらく海外旅行なんてしなかったので、パスポートを見つけるのにかなりの時間を費やしてしまった。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」が開催されるというのだ(筆者注:1998年の話です)。過去に2回参加したことがあったが、いずれも東京ドームの第1問目で間違えてしまった。グランドにさえ降りたことがない。
この番組はしばらく休止していたのだが、今年(1998年)にかぎり復活するという。参加するかどうかは別にして、とりあえず要項を取り寄せた。それによると、やはりパスポートが必要で、ドームにも持ってくるようにと書いてある。
やっとの思いで見つけたパスポートは、既に期限が切れていた。
「あれ、新しいのはどこにやったっけ?」
とか言いながら、古いパスポートを見ると、細かな穴がいくつもあいている。もう使えないようにするためだ。ただの穴だと思って今まで気にとめていなかったが、よく見ると何か意味があるようだ。
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●● ● ● ● (図1)
「うん? 何だ……、そうか、上下が逆さまなんだ」
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● ● ● ● ●● (図2)
「AOID……アオイド? そんな単語あったっけ?」
さっそく調べてみる。が、手持ちの辞書にはなかった。
ここまでの話を稲田君にすると、
「AOIDのIDってのは、多分、ID-cardのIDじゃないか?」
「アイディカード?」
■ ID-card ■
identification card の略。身分証明書のこと。identificationには、「同一人であることの証明」という意味がある。
「なるほど、パスポートは確かに身分証明になるからね」
「でも、あとのAOってのがわからないんだ」
「『この身分証明書はもう使えません』ってことを表してるんじゃないのかな」
「同じことを考るね。『アンチ』のAとか、『アウト』のOとかだろ? でも、それじゃAとOの2文字は必要ないんだ」
「う〜ん」
それから数日語、稲田君がにたにたと笑って言った。どうやらわかったようだ。
「パスポートに穴があいていたって言ってたね」
「うん」
「それでわかったんだ。AOIDじゃないんだ」
「じゃあ、何?」
「見てろよ……」
といって、ポケットから紙を出して、
「何て書いてある?」
「何も書いてないよ」
「よく見ろよ。字が透けて読めるだろ」
「そうか……、『VOID』だ!」
「その通り」
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● ● ● ●● (図3)
結局、思慮が足りなかったのだ。図1を裏から読めばそれでよかったんだ。
お騒がせしました!
【メモ】
◆アメリカの州で、「Id」と表記されるのは、アイダホ州。「工業デザイン(indusutrial design)」も、略号はID。
◆阪神・タイガースの野村監督の言う「データ重視野球」を、「ID野球」という。
◆フランス語で、「通り過ぎる」という意味の「パッセ」と港を表す「ポール」の合成語が「パスポート」。
◆パスポートの種類は、3つある。
(1) 外交旅券……外交使節団の長,外交職員,全権代表,同代理およびそれらの配偶者や家族に発給される。
(2) 公用旅券……その他の国家の用務のため外国に渡航する者,その配偶者や家族に発給される。
(3) 一般旅券……一般私人が国外に旅行する際発給される。
う〜ん、一度でいいから、外交旅券や公用旅券を見せてほしいな。
◆一般旅券には、10年間有効のものと5年間有効のものとがある。未成年者は5年のもののみしかない。新規発行手数料は、10年のもので15000円、5年のものなら1万円、12歳未満の者の場合は5000円となっている。
◆日本のパスポートを国内で発行する場合、発行者は外務大臣。でも、印刷をしているのは大蔵省。これは意外だった。
◆日本のパスポートの表紙に描かれている菊の花びらは16枚。
◆では、本物のキクの花びらは何枚なのか? すこしだけ調べてみたが、これは非常にむずかしい問題だった。
どうも、キク科の植物の花は、単一の花ではなく、たくさんの花が集まって1つの花のように振る舞っているのだ。だから、パスポートのキクの絵は、あくまでも図案。
◆たとえば、キク科のタンポポがある。
綿毛のついたタンポポをふーっとやると、ふわふわと綿毛が飛んでいく。あの一つ一つが、もともとは花だったということだ。だから、数える気にならない。
◆EU(欧州連合)の国籍を有する者が、加盟国を訪問する場合にはパスポートは必要とされない。
◆EUの加盟国は、現在15カ国。フランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、イギリス、デンマーク、アイルランド、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、オーストリア、スウェーデン、フィンランド。
◆1970年の大阪万博では、「ベネルクス3国館」というパビリオンがあった。
ベネルクスは「Benelux」で、ベルギー、オランダ(ネーデルランド)、ルクセンブルクの3国の頭文字を組み合わせたものだ。1944年9月、ロンドンに亡命していた3国の政府が締結した「ベネルクス関税同盟」に由来する。
◆そうそう。voidの説明を忘れていた。
■ void ■
(形容詞)1―(be void of A) A(性質など)が欠けている 2―(法学)無効の 3−うつろな、空虚な (名詞)1―[the〜]虚空、真空、空間 2―空虚感、むなしさ (動詞)(契約など)を無効にする
うん、これなら、意味的にもぴったりだ。まず、間違いないだろう。
◆天文学の用語にも「ボイド」がある。かみのけ座、ヘルクレス座、ペルセウス座の方向の宇宙にある、銀河がほとんど存在しない巨大空洞をいう。
◆なぜvoidだとわかったのかと稲田君に尋ると、こういうことだった。
どうしてもわからないから、「期限切れ」とか「無効」とかいう意味だろうと勘を働かせて和英辞典を調べてみたそうだ。そして、「無効」の意味でinvalid、「有効」の意味でvalidを発見。さらに、validの反意語にvoidを発見したそうな。
彼は、執念深いと思う。
◆でも、結局、ウルトラクイズには参加しなかった。どうも、集中力が弱いと思う。
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