★雑木話★
ぞうきばなし

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  ● 第百六段 ●  スペードのエース

 人から言われてみて、
「そういえば、そうだねぇ」
 ということがある。
 たとえば、スペードのA(エース)だ。このカードだけ、ほかの3枚のAとデザインが違っている。トランプで遊んだことがないという人は珍しいだろうから、こんなことは先刻ご承知だと思う。しかし、なぜ、スペードのAだけ違うのだろう。ね、不思議でしょう。何かあると思っていたのだが、先日百科事典を読んでいたら、やっとその謎が解けた。
 15世紀前半、ドイツで生産された木版刷りのトランプが、イギリスに多く入ってきた。それに対しイギリス政府は、輸入禁止や輸入関税を設けて対抗していたが、1628年には国内で生産されたトランプにもカード税を課すようになった。さらに1765年、「このトランプは、確かに税金を納めてますよ」という納税証明として、スペードのAに製造者の名前を記入することを義務づけた。だから、スペードのAだけが、他とデザインが違っているのだ。やがてAはベルトや王冠でで飾られるようになり、その習慣が現在にも引き継がれているわけだ。
 この話を、杉野君にすると、
「じゃあ、こんな話知ってます?」
 と、返してきた。
「どんな話?」
「トランプは、どのマークも1から13までありますよね」
「そうだね」
「なぜでしょう?」
「なぜって、どうして1から13までかってこと?」
「そうです」
「え〜、なぜだろう。考えたことがなかったな。知ってるの?」
「1から13まで足すといくつになります?」
「え〜と、確か1から10まで足すと55だったから、55、66、78、91。91になるね」
「それが、4種類のマークあるわけですから?」
「91かける4で、364だね」
 杉野君はしばらく沈黙したあと、
「『364』と聞いて、何か思い浮かびませんか?」
「『364』? 何の数字かな? 1年は、365日だし……」
「当たりです。それです」
「でも、365には1足りないよ」
「だからトランプには、ジョーカーが入っているのです」
「おお! でも、うるう年だと366日だよ」
「だから、大抵のトランプには、ジョーカーが2枚用意されているのです」
「確かにそうだ。すばらしい! それで、トランプは13までなのか!」
「……って説は、いかがでしょうか」
「なあんだ」

【メモ】
◆トランプのことを「トランプ」と呼んでいるのは、日本くらいだ。欧米では「プレーイング・カード」または「カード」という。「トランプ」とは、カードゲームの切り札を表す用語だ。

◆では、なぜ、日本で「カード」と呼ばず、「トランプ」と呼ばれているのか?
 これは、どうも日本人の第一印象が「トランプ」だったことによるらしい。明治時代、来日した欧米人がトランプを興じる機会が多々あったのだが、その際に「トランプ」という言葉を連発したため、「なるほど、この札は『トランプ』というんだ」と、勘違いが起こったのだ。

◆トランプの起源は古代までさかのぼることができる。インド起源説、中国起源説、エジプト起源説など、さまざまな説がある。ヨーロッパには、おそらく中東から、十字軍によって伝えられたのだろう。14世紀ころにはイタリア製のカードが作られるようになり、それがスペインやポルトガルからドイツに伝わり、そしてフランスに入った。

◆占いによく使われるタロットカードは、15世紀初頭にイタリアで発明されたものだ。1組は78枚。そのうち22枚は寓意画で、象徴的な事物や人物が描かれてある。残りは数のカードである。
 この56枚は4種類のマークに分類され、それぞれ1〜10の数札とキング・クイーン・ナイト・ジャックの4枚の親札から構成されている。ここからなぜかナイトが消え去り、現在の52枚1組のトランプになった考えられている。

◆1872年にアメリカで、52枚のカードにタロットカードの「愚者」が1〜2枚のジョーカーとして付け加えられ、現在にいたっている。しかし、スペインでは48枚、イタリアでは40枚が標準で、国によって1組の枚数に違いがある。

◆19世紀前半には、それまで上下の区別があったカードが、頭部が2つあるダブルヘッドのものに変えられた。また同じく19世紀には、トランプの左上と右下に組札の小さなシンボルがつけ加えられて、持ち札を扇形に持っても、カードが識別できるようになった。

◆現在のトランプの4種類のマークは、15世紀半ばのフランスのデザインに由来し、それぞれ次のような意味を持っている。

   心臓(ハート)=教会を意味する
   槍(スペード)=騎士の持つ武器→貴族階級
   敷石(ダイヤ)=教会の内部に埋葬される→富族階級
   三つ葉(クラブ)=豚の飼料→農民

 これらがイギリスに伝わり、ハート、スペード、ダイヤモンド、クラブと名付けられたのだ。

◆これより古い時代のトランプでは、ハートの代わりにカップが使われている。これは聖杯を表したもの。では、なぜ、カップがハートになったのか? 実は、それぞれをフランス語で表すと非常によく似ているのだ。カップは「クープ」、ハートは「クール」。
 さて、フランス中世末期の政商にジャック・クール(1395ころ〜1456)がいた。彼はイギリスからトランプを輸入し、フランスで大流行させた。そこで、彼の功績を記念して、カップ(クープ)をハート(クール)と呼ぶようになったのだ。それが呼び方ではなく、図柄までハートになり、現在に至っているのだ。

◆納税証明を記入するカードが、どうしてスペードのAなのか? ハートやダイヤやクラブのAのデザインを特殊にしたってよかったのではないか?
 これは、それぞれのマークの意味を知れば、なんとなく見えてくる。先に述べたように、トランプのマークにはそれぞれ込められた意味がある。貴族社会であるイギリスとしては、やはりスペードなんだろうなと思う。

◆『ハートのAが出てこない』は、キャンディーズのヒット曲。

◆ゴルフ用語で「エース」といえば、ホール・イン・ワンのこと。

◆野球で「エース」という言葉の語源となった大リーガーは、アーサー・プレイナード。

◆アメリカ大リーグで「片腕のエース」といえば、ジム・アボット。

◆プロ野球選手として、1959年、最初に殿堂入りした巨人のエースは沢村栄治。

◆テニスやバレーボールで、サーブで得点が入ることを、「サービスエース」という。

◆ウルトラ6兄弟の1人であるウルトラマンA(エース)は、指輪を使って変身する。初期のころは、男女のペアが「ウルトラタッチ」して変身していたが、のちに男性1人で変身するようになった。女性の方は月に帰った――という設定になっていた。

◆B(ホウ素)やC(炭素)はあっても、Aという元素記号は、今のところない。元素記号をアルファベット順に並べると、最初にくるのは原子番号89のAc(アクチニウム)。

◆手品やトランプ占いは1人できても、ババぬきは1人ではできない。

◆「労働者が平日にトランプをすることはまかりならん!」
ってな命令が、1937年のパリで出されたことがある。

◆トランプの13を表す絵札には、「K」のアルファベットが書かれてある。「キング(王様)」ってことだ。12には「Q」。これは「クイーン(女王)」を表している。
 11を表す絵札には、「J」。これを「ジャック」と呼ぶことはよく知られているが、ジャックって誰? キング、クイーンときたのだから、順番からいくと王子様?
 そうではない。この絵札は、兵士を表している。しかし、ジャックという言葉に、「兵士」の意味はない。では、なぜ「ジャック」なのか? イギリスで「ジャック」といえば、日本での「太郎」と同じくらい一般的な名前なのだ(最近、太郎さんにはあまり会わないけどなぁ)。だから、兵士=太郎さん(日本)、兵士=ジャック(イギリス)という感じなのだ。

◆トランプのクイーンは、みんな手に花を持っている。知ってました?

◆キングのカード4枚のうち、ダイヤのキングだけは横を向いている。ダイヤのキングのモデルとされているのは、アレキサンダー大王(BC356〜BC323)。片目だったからという説もあるのだが、1ヶ所にとどまることなく遠征に明け暮れたようすを表しているのかもしれない。

◆他の3人のキングのモデルも紹介しておこう。

 ハートのキング……ダビデ王
 スペードのキング……カール大帝
 クラブのキング……シーザー

◆トランプに税金がかけられるという話だったが、これは日本でもそうなのだ。
 1902年に骨牌(かるた)税が施行された。この法律は、1957年にトランプ類税となり、トランプ、花札、かぶ札など一定範囲のものを国内で販売するときには税金が課せられることになるのだ。
 でも、カルタにはこの税金は課せられないということだ。不思議。

◆ウォルト・ディズニーの名作童話『わんわん物語』の主人公は、2匹の犬レディとトランプ。原題はずばり、『Lady and Trump』だ。

◆ビルの中をすごい滝が流れているトランプ・タワーは、68階建て。所在地は、ニューヨークの5番街と56丁目の角。68、5、56……どれもトランプの枚数とは関係がなさそうだ。

◆「トランプ・カードの画家(Master of the Playing Cards)」という画家がいる。
「へぇ。トランプ専門の画家さんがいるの。そりゃ、いるかもしれないね」
 いや、ちょっと違う。「トランプ・カードの画家」という固有名詞なのだ。ライン上流地方の銅版画家なのだが、本名・生没年ともわからない。手描きトランプの代用としての銅版画を残したので、この名前がつけられている。1430〜50年代に活躍し、大衆のための版画を制作した最も初期の画家として有名だそうだ。でも、私は、このことについて調べるまで知らなかった。

◆「東海道五十三次トランプ」ってのはどうだろう? 安藤広重の絵をトランプのデザインに使うのだ。
 よく知られた日本橋の絵は、54枚のカードの裏のデザインに用いる。品川から草津までの52の宿場の絵は、それぞれのカードに配する。たとえば、スペードのAは品川、2は川崎、3は神奈川……という感じだ。53番目つまり最後の宿場である大津とゴールの三条大橋の絵は、2枚のジョーカーのデザインとし
て用いる。
 こんなトランプがあったら、少々高くても買うんだけどなぁ。このアイデア、特許出願考慮中だから、盗まないように!


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