★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第百三十九段 ●  2つの血圧

「この間、職場で健康診断があったんだけど……」
と、切り出した。
「それで?」
と、稲田くん。
「さぼっちゃった」
「そりゃいけないな、せめて血圧くらい測ってもらったらよかったのに」
「血圧なら、献血の度に測ってもらっているよ」
「で、どれくらい?」
「献血の回数?」
「違うよ、血圧。上とか下とか、覚えてない?」
「みんなよく『上が○○で、下が△△』とか言っているけど、どうして血圧って2つもあるの?」
「お、質問を質問で返したな。じゃあ、聞くけど、血液の役割は?」
「酸素や栄養を運び、老廃物や二酸化炭素を運び出す」
「まあ、いいだろ。じゃあ、その血液を送り出している器官は?」
「心臓」
「なるほど、わかった。多分こういうことだね」
 心臓は休むことなく収縮と拡張を繰り返し、ポンプのように血液を全身に送り出している。心臓が収縮するとき血圧は最も高くなり、これが「最高血圧」。逆に、心臓が拡張するとき血圧は最も低くなり、これが「最低血圧」。――ということを、稲田くんの援助も借りながら、論を進めた。
「その通りだ」
「もう一つ質問。血圧ってどうやって測るの?」
「測ったことないの?」
「あるよ」
「じゃあ、知ってるだろ」
「知ってるというか……、二の腕に腕章みたいなのを巻いて、ポンプで空気を送り込んで、そしたら水銀柱が上がっていって、お医者さんは血管に聴診器を当てていて、しばらくすると数値を教えてくれるんだ……」
「知ってんじゃない」
「ところがだ、水銀柱を見ていても、自分では自分の血圧が分からないんだ。水銀柱がだんだん低くなるから、それが一瞬止まるんだろうと、その瞬間を見つけようとするんだけど、だめだ。一体、お医者さんは何を測ってんだか……」
「あれはね、耳で音を聞きながら、水銀柱を見ているんだよ」
「何の音?」
「その腕章のようなもののことを、カフ(腕帯)っていうんだけど、そこに空気を送って血管を圧迫すると、やがて血液の流れが止まるんだ」
「嘘! 止めてたの?」
「そうだ。でも、長時間止めるわけじゃないから大丈夫。で、そこから徐々に圧迫を緩めていくと、今度は血管に血液が流れ出す。このとき『コロトコフ音(K音)』という音が発生するんだ。どんな音なのか聞いたことはないけど、その音が発生したときのカフ圧が『最高血圧』ってわけさ」
「なるほど、それなら、水銀柱だけ見ててもわからないわけだ。で、最低の方は?」
「カフ圧をさらに下げていくと、やがて、血管にいつもの状態で血液が流れ始めるようになる。こうなるとコロトコフ音は消えてしまうんだ。このときのカフ圧が『最低血圧』なんだ」
「ほ〜、そういうことだったのか。じゃあ、もう一つ。水銀柱の高さから血圧を読みとるということは、血圧の単位は、mmHg(水銀柱mm)? ヘクトパスカルじゃないの?」
「その通り、まだmmHgを使っているんだ」
「ふ〜ん、本当によくわかったよ。ありがとう。お礼の代わりに、君の最初の質問に答えるよ。覚えてない、でも、異常はなかったよ」
「それは、よかったね」
「で、君の血圧は?」
「上は忘れた。下は覚えていない」


【メモ】

◆血圧とは、心臓から送り出される血液の流れによって血管が内部から押される圧力のこと。血圧は血管の部位によって異なるが、一般に血圧といえば,体循環系における動脈の血圧を指している。

◆最大血圧と最小血圧の差を「脈圧」という。

◆「平均血圧」とは、最大血圧と最小血圧の平均をいうのではない。心臓の1回の拍動のすべての瞬間の血圧を平均したものをいう。実際には、最小血圧+脈圧×1/3で概算されている。

◆コロトコフ音の「コロトコフ」とは、ロシアの外科医の名前。彼は、1905年、カフと聴診器を使って動脈の雑音(コロトコフ音)を聞き、血圧を間接的に知る方法を発表している。

◆「間接的に知る方法」と書いたが、では、「直接的に知る方法」とはどんなものか。
 動脈内に直接カテーテルを挿入し、これに接続した血圧計で血圧を測るというもの。もちろん、直接法は特殊な場合にしか行われない。

◆水銀柱を使って血圧を測る方法が、臨床では最も一般的だが、この方法しかないわけではない。
「アネロイド型血圧計」は、水銀柱を使わずに弾性体のひずみを利用して圧力を測定する。携帯には便利であるが、長く使用すると誤差を生ずることがある。

◆センサを利用した電子血圧計では、「オシロメトリック法」が主流だ。
 カフを減圧して血液が流れ始めると、血管壁の振動が急に激しくなる(このときが、最高血圧)。また、血液が完全に流れ出すと、振動は急に小さくなる(このときが、最低血圧)。この振動を検出して血圧を測定するのが、「オシロメトリック法」。上腕式、手首式、なんと指式というのもある。

◆圧力の単位の話が出ているので、少し整理しておこう。気圧を表すときに、昔は「ミリバール」も使っていたが、最近では「ヘクトパスカル」が主流だ。
「単位が変わって大変だ」
という方もいるが、

   1hPa=1mb

の関係なので、数値は変わってないのだけれど……。

◆水銀柱が0.760mの高さに相当する気圧が「標準気圧」。これが1気圧(1atm)と定められている。だから、こうなっている。

   1atm=760mmHg
     =1013.25mb
     =1013.25hPa

◆世界保健機関(WHO)の高血圧専門委員会が示している高血圧の定義。
「血圧は、少なくとも2回以上時をかえて、3回以上の測定を行い、その値の平均値が収縮期で160mmHg以上あるいは拡張期で95mmHg以上のときに高血圧とし,収縮期が140mmHg以下でしかも拡張期が90mmHg以下のときを正常血圧とする。この間のときは境界域高血圧とする」

◆WHOは、血圧を少なくとも3度測ることを推奨しているようだが、これにはわけがある。
 血圧は非常にナイーブなもので、精神的緊張によって簡単に上昇してしまうのだ。

  ・病院に来た
  ・医者が怖そうだ
  ・血圧が高かったらどうしよう

 この程度のことで上がってしまうのだ。ふつう、病院で測る血圧は1回目よりも2回目の方が低い。また、病院で測るよりも、自宅で測る血圧の方が低い。

◆山下達郎は『高気圧ガール』を歌っている。あまり、関係ないか……。


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