★雑木話★
ぞうきばなし

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 ● 第四十段 ●  「$」なのに「ドル」?

 2002年1月1日、EU(欧州連合)では、単一通貨「ユーロ」の流通が始まった。世界レベルではすごいことなんだろうけど、家で眠っているポンドやフランの小銭はどうしたらいいの?――と、個人レベルでは面倒に思っている。
 イギリスの通貨の単位は、「ポンド(pound)」。なのにどうして、Lに横棒の「£」で表すのか? このことについて、最近、1つの説を知った。
 これはもちろん、「L」をデザインしたものだ。古代ローマの重さの単位「リブラ(libra)」に由来している。たとえば、「10リブラの重さで」なら、「ten libra pondo」と表現したのだ。この副詞の「ポンド」が後に通貨単位になったそうな。
 では、横棒は何なのか? これは秤を表しているそうだ。天秤の横棒かな?
 EUの加盟国ではあり得ないが、アメリカの通貨の単位は、「ドル」。なのにどうして、「S」に縦棒が2本の「$」で表すのか? これも以前からの疑問だったのだが、最近2つの説があるのを知った。

(1) 「S」はスペインの頭文字のSである。スペインは、アメリカ大陸を「発見」した国だ。2本の縦棒は、ジブラルタル海峡の「ヘラクラスの柱」を表しているそうだ。「ヘラクレスの柱」については、あとで説明する。
(2) United Stateの「U」と「S」を組み合わせたもの。なるほど、これなら「$」になる。

「$」の記号の由来には諸説あって、いずれもはっきりしないが、「ドル」という単位が生まれた経緯には、かなり有力な説がある。
 中世の末期のボヘミアでは、銀が豊富に産出された。中でもヨアヒムスターレルは(ドイツ語で「ヤコブの谷」の意)は、当時ヨーロッパ最大級の銀山だった。ここで1517年頃、純銀35gを含む大型銀貨が鋳造された。このヨアヒムスターレルの銀貨、略してターレル銀貨は、たちまちヨーロッパ中で広く流通することになる。
 ドイツでは、「ターレル(谷)」がドイツ貨幣の単位となった。この言葉が隣国に伝わっていくうちに、すこしずつ発音を変えることになる。となりのオランダでは「ダーレル」、スペインでは「ダレラ」になってしまった。

 1521年、スペイン人のコルテス(1485〜1547)がアステカ帝国を滅ぼし、メキシコを征服する。1533年には、同じくスペイン人のピサロ(1470?〜1541)がインカ帝国を滅ぼし、ペルーを征服する。スペインは、そこから産出される豊富な銀を使って、ダレラ銀貨を大量に鋳造した。
 当時のアメリカは、まだイギリスの植民地だった。銀が出なかったので、小麦やタバコをスペイン領の植民地に密貿易で輸出して、ダレラ銀貨を代金に受け取った。こうしてダレラが、アメリカに広く流通することになる。
 そして、1792年、「ダラー」は、金銀本位制のもと、正式のアメリカ通貨となった。
 日本ではそれがもう一回なまって、「ドル」になっている。
 さて、その日本だが、通貨単位の円を「¥」で表す。これは、「YEN」の頭文字だ。本来ローマ字では「EN」となるのだが、これでは外国人に「イン」と発音されるおそれがある。「エ」と発音させるには「YE」の方が都合がよかったのだ。「江戸」を「YEDO」と表記していたのと同じ理由だ。
 で、「¥」の2本の横棒の由来だが、単にアルファベットの「Y」と区別するため引かれたというのが真相のようだ。
「いや、日本円だから、2本引くということでどうだろう」
 と、稲田君の意見。円満解決。


【メモ】

◆欧州連合(EU)(European Union)の加盟15ヶ国のリストは
こちらへ

◆イギリスでは、重さを表す単位もポンドだ。記号は、「lb」。
 どうしてポンドが「lb」なのか、結びつかないなと思っていたのだが、この「lb」も古代ローマの重さの単位libraに由来する聞いて納得した。
 ちなみに、1ポンドは約0.45kg。だから、体重200ポンドのイギリス人というのは、ざらに存在する。

◆イタリアの通貨は、
リラ。この語源も重量の単位である「リブラ」。そういえば、ロシアの通貨のルーブルも、「リブラ」に発音が似ている。もしやと思い調べてみたが、こちらは「一定の価値を持つ銀片」という意味。リブラとは無関係のようだ。

◆「パウンドケーキ」というのがある。日本ではこのような名前だが、この「パウンド」は、「pound」のこと。重さの単位だ。小麦粉、バター、砂糖をそれぞれ1ポンド使うとできることからの名前だ。

◆スポーツ界でも、ポンドは多く使われる。
 ボウリングで使われるボールの重さは、最低6ポンドから最高16ポンドまでと決められている。そういえば、16ポンドより重いボールを持ったことがない。

◆テニスのラケットのガットの張り具合いの強さを表すのにも、ポンドが使われている。

◆プロボクシングで選手の体重を表す単位も、ポンド。ただし、アマチュアボクシングでは、キログラム。

◆リング・アナウンサーがボクサーを紹介するときの、あの抑揚は何なのだろう?
「あ〜かコーナー、185ポンド……」
 相撲レスラーを呼び出すときに、
「ひが〜し〜……」
 とやるのと同じ効果か。お国が違っても、呼び出しに特有の抑揚を付けるあたり、文化の普遍性が感じられる。大相撲の呼び出しも、体重を発表すれば面白いのに……。

ジブラルタル海峡は、モロッコとスペインの間の海峡で、大西洋と地中海を結んでいる。幅は15〜37km、最大水深942m。現在では、北岸にイギリスの海軍基地、南岸にスペインの軍港セウタが位置する。

◆ジブラルタルは、ヨーロッパ大陸に唯一残っているイギリスの直轄植民地だ。戦略的に重要な位置にあるため、「地中海の鍵」と呼ばれてきた。当然、スペインとの間に、領有権の争いが起こっている。

◆ジブラルタルとスペインとの国境線の長さは、世界最短。世界最長の国境線はアメリカとカナダの6416km。

◆で、「
ヘラクレスの柱」とは、このジブラルタル海峡の東の入り口にある2つの岬(ジブラルタルのフェルセンとセウタのジャバル・ムーサ)のことだ。ギリシャ時代にはここが世界の西の端だと考えられ、このような名前で呼ばれていたのだ。
 
第六段の【メモ】で、アトラスは天空を支える柱を背負っていると述べたが、実はその柱が「ヘラクレスの柱」なのだ。
 では、なぜ「ヘラクレス」なのか?
 
第五十一段の【メモ】で「ヘラクレスの十二功業」を紹介したが、その11番目「世界の西の果てにあるヘスペリデスの園から黄金のリンゴを取ってくる」話に関係している。
 アトラスの娘たち(ヘスペリデス)が守る園には、ガイア(大地の神)がゼウスとヘラの結婚祝いに贈った黄金のリンゴがあった。アトラスは、ヘラクレスがこのリンゴを取りに来たときに、リンゴを取ってやる代わりに、アトラスが背負っていた柱を一時的にヘラクレスに代わってもらった――という話。だったら、「アトラスの柱」でもいいのにね。

◆アメリカの
ドル紙幣の肖像

  1ドル……ワシントン(1732〜1799)
  2ドル……ジェファーソン(1743〜1826)
  5ドル……リンカーン(1809〜1865)
  10ドル……ハミルトン(1557〜1804)
  100ドル……ベンジャミン・フランクリン(1706〜1790)

 このうち、ハミルトンは、大統領に就任していない。

◆大金を稼いでくれる人や商品のことを「
ドル箱」と呼ぶが、ドル箱とは金庫のこと。
 幕末の横浜、居留地の外国人達たちが、初めて日本に金庫というものを持ち込んだ。この頑丈な箱は火事にも負けないと評判になり、明治2年、日本でもさかんに作られるようになった。当時のカタログには、「火災保険付き弗匣」とある。外国人がこの金庫の中にドルを入れていたから「弗匣」。ちょっとひねって、泥棒除けにもなるところから「泥箱」とも呼ばれていた。

◆日本で「
」が使われたのは、1871年(明治4年)から。この年の5月10日に、政府が新貨条例を制定している。

◆「円」という名称を発案したのは大隈重信(1838〜1922)とされている。
 明治政府の作る貨幣が円形に統一されていたから「円」という通貨単位が生まれたというのは俗説である。
 大隈重信は、
「指で円を作れば、小さな子にだってお金のことだとわかる」
 とか何とか言ったそうだが、これも眉ツバ。
 では、なぜ「円」なのか? これは18世紀から19世紀にかけて中国に流入していたドル銀貨と関係が深い。この銀貨はその形から中国では「銀円」と呼ばれた。そこで、当時のイギリス香港造幣局が1866年から1868年までに鋳造した香港ドル銀貨には、中国人用の印として「香港一円」と刻印されていた。
 しかし、「円」の正字は画数が多いという欠点があり、同じ発音で画数がすくなく、しかも貨幣単位としてふさわしい「元」が多用されるようになった。
 さて、幕末の日本もこのドル銀貨に対応することになるのだが、この際、中国の貨幣単位である「元」を敬遠して使わず「円」を使ったのだ。この「円」という単位を、流入してきたメキシコ銀貨だけにとどまらず、「両」にかわるものとしてさえ使うようになったのだ。
 そして、先にも述べたように、新しい日本の通貨単位として、明治新政府が採用するという運びになったのだった。


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