● 第百五十七段 ● 太陽に恋した向日葵
「『向日葵』と書いて、何と読むか?」
「アジサイだろ」
と、稲田君が言った。
「違う違う。それは、『紫陽花』」
「あ、そうか。じゃあ、『向日葵』は何?」
「ヒマワリだよ。『日に向かう』ってあるんだから、予想がつくだろ」
「そうかヒマワリか。でも、細かいことを言いたかないけど、ヒマワリはいつも顔を太陽に向けているっていうのはウソだよ」
「わかってるよ。でも、何となくそんな感じがするじゃない」
「その『感じ』は、植え付けられているんだよ。いやいや、ヒマワリだから、種をまかれたのかな? そんなことはどうでもいい。ほら、ヒマワリの英語名は『sunflower』だろ。これは単に『太陽に似ている花』ってことだから、『太陽の方を向いている』って意味は持ってないだろ」
「ヒマワリって、太陽に似てる〜? それこそ思いこみのような気がするけど……。『sunflower』っていう名前だって、やっぱり太陽を意識してるじゃない」
「ま、光合成をする植物ってのは、たいていは正の屈光性(くっこうせい)をもってるから、完全に否定はしないけどね」
「セイノクッコウセイ?」
「光のあるほうに向かって成長していく性質のことさ」
「ふうん。でも、その正の走光性ってのは、ヒマワリ以外の植物にも多くあるわけだろ。どうして、ヒマワリだけがこんなに太陽との関係を取り沙汰されるんだろ?」
「それは、やっぱり、あの顔のでかさが太陽をイメージさせるのと、それに……」
「それに?」
「それに、こんなギリシャ神話があるよ」
――太陽の神アポロンは、いつものように昼間、世界を照らす仕事を終えると、いそいそとレウコトエーという名の乙女の館に向かった。ちょうどそのとき、レウコトエーは、召使いの女性たちと糸を紡いでいたのだが、アポロンは彼女の母親に姿を変えて現れたものだから、なんの不信感も持たなかったのだ。
「娘と二人だけで話がしたいから、お前たちは遠慮しておくれ」
と、アポロンは召使いたちを遠ざけた。二人きりだけになったところでアポロンは男性の姿に戻り、驚くレウトコエーと、ま、その、そういうことになった。
その話を聞いて(誰から聞いたのかわからないのだが)、以前にアポロンと恋仲にあったクリュティエーは、嫉妬に燃えた。
「このままじゃ、許せない」
彼女は、この事実をレウトコエーの父であるオルカモスに密告した。そうすれば、父親がレウトコエーをアポロンから遠ざけ、アポロンは再び彼女の元に戻ると考えたからだ。しかし、その効果は彼女の想像を超えていた。オルカモスは娘のレウトコエーを土の中に首まで埋めてしまったのだ。アポロンはそれを見て助けることもできず、彼女にネクタル(神酒:これが「ネクター」の語源だよ)を注ぐだけだった。すると、彼女の体は、一本の乳香の木に変わってしまった。
一方告げ口をした方のクリュティエーだが、アポロンの愛を取り戻すどころか、反対に軽蔑され、ますます嫌われるところとなってしまった。悲嘆にくれるクリュティエーは、それでもアポロンを思い続け、大地に座り込みアポロン(太陽)を絶えず追っていたが、いつの間にか、大輪の花に姿を変えてしまっていたそうな――
「つまり、稲田君、クリュティエーがヒマワリになっちゃったんだね。でも、ヒマワリっていうより、クリュティエーの空回りって感じだなぁ」
「うまいねぇ。でも、もう一度言うけど、実際のヒマワリがいつも太陽の方を向いているってことはないんだよ」
「もう、わかったよ。そんなに気を回さなくてもいいよ」
【メモ】
◆日本語で「ひまわり」。漢字でも「向日葵」。フランス語の「tournesol」も同じ意味だそうだ。イタリア語では、「girasole」。「sole」が「太陽」で、「gira」が「回る」という意味だから、これもやっぱり同じだ。
◆ヒマワリは、キク科の一年草。原産地は、北アメリカ中・西部地方。代表的な大型品種ロシアヒマワリは種子を油料・飼料にする。
◆気象衛星ひまわりってのもあった。
――過去形です。現在は、後継機にバトンを渡しています。でも、懐かしいから、「ひまわり情報」を!
気象衛星ひまわりは、東京の真南,東経140度の赤道上空約36000kmに位置し、我々に気象情報を送り続けていた。
◆気象衛星ひまわりは、自転している――というと、
「え、あれって静止衛星だろ?」
という人がある。まちがいではない。その通り、静止衛星だ。とは言っても、実際は上空で地球が回転するスピードと同じスピードで回転しているのだ。だから、「静止」しているよう見える。
しかし、ここではそんなことを言っているのではない。ひまわりは1分間に100回のスピードで自転しているのだ。こうすることで、衛星の姿勢を一定に保つことができるのだ。そうそう、宇宙ゴマの原理と同じだ。
◆この自転を利用して、ひまわりは、北極側から走査鏡で地球を西から東に走査している。1回転するたびにすこしずつ南に「目」を移動させ、25分間(2500回転!)で南限までの走査を終了する。このデータが地上に送られて、あの雲の画像ができるのだ。だから、カメラでパチリとやって、あの画像が得られているのではない。
◆最後のひまわり5号が打ち上げられたのは、1995年3月18日。ちなみに、最初のひまわりは、1977年7月14日にアメリカのケープ・カナベラルからNASAによって打ち上げられている。2号(1981年8月11日打ち上げ)からは、種子島宇宙センターから宇宙開発事業団により国産のロケットで打ち上げられている。
◆最後のひまわりである5号は、2003年5月22日に引退。あとの観測は、アメリカの「ゴーズ9号(パシフィックゴーズ)」が請け負っている。ただし、こちらは、東経155度上で静止している。
◆気象衛星は「ひまわり」、放送衛星は「ゆり」、通信衛星は「さくら」、海洋観測衛星は「もも」……。ほかにどんなのがあるのかな?
◆次に挙げる人工衛星は、どんな目的で打ち上げられたものか。ベスト、レーダサット、アトモス、ゴーズ、風雲、ひまわり……。ここまで来ればわかるね。これらはそれぞれ、仏、加、独、米、中、日の気象衛星です。
◆ゴッホといえば、『ひまわり』が有名だが、彼は合計11点もの『ひまわり』を書いている。この中の一つ『花瓶の5本のひまわり』は、関西の実業家が購入し、海を渡った最初の「ゴッホ」となった。しかし、この『ひまわり』は、第2次世界大戦の空襲で消失し、今では写真でしか見ることができない。
◆弁護士のバッチには、ひまわりの花と天秤がデザインされている。
◆アニメ『クレヨンしんちゃん』に登場している、しんちゃんの妹の名前はひまわり。だから、彼女のフルネームは、野原ひまわり。
◆ひまわりは、ペルーの国花。
◆ソフィア・ローレンは、映画『ひまわり』で、凍るような別れの悲しみをこの花に託した。よかったな〜、あの映画。
◆「太陽王」と呼ばれたルイ14世は、ヒマワリを王家の紋章に採用した。
◆ひまわりといえば、夏。夏といえば、チューブだ。だから、チューブは、ズバリ『ひまわり』というタイトルの曲を歌っている。
そういえば、その昔、伊藤咲子は『ひまわり娘』てのを歌っていたな。
◆NHKの朝の連続テレビ小説に『ひまわり』というのがあった。このドラマのヒロインに抜擢されたのが、松嶋菜々子。
◆ヒマワリの名所をいくつか紹介しよう。
・北海道北竜町 ひまわりの里
・北海道名寄市 ひまわり畑
・北海道富良野市 ポプリの里
・栃木県野木町 巨大ヒマワリ迷路
・神奈川県横浜市 子ども植物園「ゴッホのヒマワリ」
◆横浜市の「ゴッホのヒマワリ」だが、どうして「ゴッホ」なのか? ここには、ゴッホが描いたものと同じ「ソレイユ・サンプル・グラン」という品種があるからだ。【参考文献】
ギリシャ・ローマ神話図詳辞典 水之江有一(北星堂書店)